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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

陸軍の黒幕——その肩書きの裏に、別の顔があった

昭和陸軍の派閥抗争の黒幕、それが永田鉄山だと思っていた

永田鉄山という名前に、私はずっと暗い影のような印象を持っていました。昭和陸軍の派閥抗争を陰で操り、独裁者の座まであと一歩というところで暗殺された策謀家——歴史の本でなんとなくそう刷り込まれていたのです。けれど、その人物像はどこか出来すぎていて、引っかかりも残っていました。なぜそんな男が「陸軍の至宝」と呼ばれ、これほど惜しまれたのか、つじつまが合わない感覚です。早坂隆著『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』を読んで、その違和感の正体がようやくわかりました。

「派閥の黒幕」という像の裏にあった、もう一つの顔

本書がたどるのは、陸軍士官学校を首席で卒業し、陸軍大学では恩賜の軍刀を授けられた一人のエリート軍人の生涯です。意外なことに、本書が描く永田は派閥抗争の張本人どころか、出身地ごとに割れていた陸軍の派閥を解消し、組織を一つにまとめようと奔走した人物として語られます。徹底した合理主義者で、ある読者のレビューによれば「満州など早く中国に返してしまえ」とすら口にしたと本書には記されているといいます。その徹底した合理主義は、職務の上では大きな力を発揮しましたが、責任ある地位に就くほどに反発も招き、敵を増やすことにもなりました。そして皮肉にも、彼が解消しようとした派閥抗争のテロの凶刃に倒れることになります。本書では、諏訪での少年時代から国防思想の形成、満州事変への対応、そして陸軍省内で白昼に斬殺された衝撃の事件まで、数々の証言と資料を重ねて描かれます。意外なことに、本書には字を書くのが苦手で「実印不要の字」と冷やかされたという、人間味のある逸話も紹介されているといいます。冷徹な策謀家というイメージとは結びつきにくい一面です。なぜこれほど印象の異なる人物像が一人歩きしてきたのか、その背後にある事情まで含めて、語り継がれてきた人物像と実像のずれは、ぜひ本書で確かめてみてください。

「英雄か悪役か」では測れない人間が見えてきた

この本を読んでから、歴史上の人物の見方が変わりました。以前は、教科書や通説が与える「黒幕」「名将」といったラベルを、ほぼそのまま受け取っていました。けれど今は、一つの評価の裏に、敗者の側の事情や、後から都合よく塗り重ねられた解釈が潜んでいるかもしれないと、立ち止まって考えるようになりました。永田をめぐる像が、生き残った人々の語りや時代の空気によって形づくられていった経緯を知ると、人物評というものがいかに揺れ動くかが実感されます。歴史上の人物の名前に触れたとき、与えられた評価をうのみにせず、それは誰が、どんな立場から語った像なのかと一度問い直すようになりました。歴史を読むときの、自分の中の解像度が一段上がったのです。

レッテルのまま記憶していたら、損をするところだった

この本に出会わなければ、私は永田鉄山を「陸軍の黒幕」という一言で記憶したまま、その実像に一度も触れずに終わっていたはずです。ただし本書はノンフィクションの評伝であり、一部の読者からは旧軍を美化しすぎではないかという指摘もあります。一つの見方として受け止めつつ、川田稔氏らの研究と併せて読むと、より立体的に像を結べるはずです。著者の早坂隆氏は、現代史を主題に多くの取材と著作を重ねてきたノンフィクション作家です。一人の人物を多面的に見つめ直したい方に、おすすめしたい一冊です。

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永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」 (文春新書) 早坂 隆 / 文春新書

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