「『オリーブ』というのは80年代の少女向けファッション雑誌の一つで、おしゃれな女の子の趣味的なバイブルだった」とずっと思っていた
雑誌『オリーブ』は、1980年代に「リセエンヌ」「アンアン」「ノンノ」といった少女・女性向け雑誌の中で、特別なおしゃれ系の読者を持っていた、というイメージで捉えていました。リボン・パステル・パリ風——その視覚的記号は知っていても、それが当時の少女たちの精神世界の中で何を意味していたのか、なぜ「伝説の雑誌」と呼ばれ続けているのかは、よく分かっていませんでした。
でも、当時のオリーブ愛読者だった世代の女性が「あの雑誌は私の人生観を作った」と語るのを聞くたび、ファッション雑誌が人生観を作るとはどういうことなのか、その文化的な力の正体を掴めないままでいました。
酒井順子著『オリーブの罠』を読んで、その文化的な力の正体が見えてきました。
『オリーブ』は「モテの戦場」からの解放という、80年代の少女たちにとっての避難所だった
著者が本書で示す核心は、雑誌『オリーブ』が単なる「おしゃれ系少女雑誌」ではなく、男性目線に従属する「モテの戦場」から少女たちを解放し、「女の子のための女の子による世界」を提示することで、80年代少女の精神世界に決定的な影響を与えたメディアだったという文化史的意味です。著者は女子高生時代からの『オリーブ』愛読者であり、後に同誌の執筆者となった当事者として、雑誌の内側からその思想史を語ります。
特に印象的なのは、「リセエンヌ(フランスの女子高生)」というアイコンが持った意味の解読です。当時の他の女性誌が「男性に好まれる女性像」を提示していたのに対し、『オリーブ』は「男性の視線とは無関係に自分の世界観で生きる少女」を理想として打ち出しました。これは80年代の日本において、「モテ」を中心とする少女文化への一種の反逆でした。同時にこの「モテ戦場からの解放」は、社会の中で生きていくためには結局戻らなければならない場所からの一時的な逃避でもあり——それが「オリーブの罠」と呼ばれる所以です。読者は「自分だけの世界観」と「社会的な現実」の間で揺れることになります。本書にはさらに、格差社会としての『オリーブ』読者層、オリーブ少女の恋愛観の変容、オリーブ世代の現在が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「雑誌が文化を作る」という現象の解像度が上がった
読む前と後で、メディア文化への向き合い方が変わりました。以前は雑誌を「情報を伝える媒体」として表面的に捉えていました。でも今は、「雑誌は世界観を提示し、読者の自己理解を形成する装置」として見るようになりました。
具体的には、現代のSNSや動画プラットフォームで人気を集める「世界観」——韓国アイドル文化・カフェ系インスタグラム・サブカル系YouTube——を見るとき、それが視聴者にどんな「自己像」「他者から離れた居場所」を提供しているかを考えるようになりました。『オリーブ』が80年代少女に与えたものと、現代の各種メディアが若い世代に与えているものは、フォーマットは違えど構造的に通じる現象です。メディア消費を「単なる娯楽」ではなく「アイデンティティ形成の場」として読む眼が、本書を通じて獲得できました。
元オリーブ執筆者・人気エッセイストが、当事者の眼で雑誌の文化史的意味を解読した
酒井順子は『負け犬の遠吠え』『下に見る人』などのベストセラーエッセイで知られるエッセイストで、女子高生時代から『オリーブ』を愛読し、後に同誌の執筆者として活動した当事者です。雑誌の外から研究するのではなく、内側で生きた経験から論じる本書には、外部研究者の文化論にはない厚みと細部のリアリティがあります。
この本を読まなければ、『オリーブ』をおしゃれ系少女雑誌として遠ざけたまま、80年代の少女たちに「モテの戦場」からの逃避路を与えた文化史的意味と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。