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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

実は『異端』が先だった——スンナ派・シーア派の成立順を逆転させて読むイスラーム史

「イスラーム教はムハンマドが残した教えを多数派のスンナ派が正統に受け継ぎ、シーア派は後から分かれた異端である」とずっと思っていた

イスラーム教の話を聞くと、「スンナ派が多数派・正統」「シーア派が少数派・分派」という構図が当然の前提として語られます。世界の信徒の約9割がスンナ派という統計を根拠に、「ムハンマドの教えを忠実に守ったのがスンナ派であり、シーア派は後発の少数異端」という理解をしていました。中東報道で出てくる宗派対立も、その「正統 vs 異端」の延長として受け取っていました。

でも、「正統」と「異端」の区別が歴史的にどう生まれたのか、ムハンマド存命中はそもそも「派」が存在したのかという問いに、うまく答えられないままでいました。

菊地達也著『イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史』を読んで、その問いへの答えがわかりました。

実は「異端」と呼ばれる諸派が先に成立し、「正統」のスンナ派はそれに触発されて自らを定義していった

著者が本書で示す核心は、イスラーム教の思想史が「正統が先にあり異端が分かれていった」のではなく、その逆——「異端」とされる諸派が先に教義を整え、多数派側がそれに触発されて「正統」としての自己定義を作り上げていった、という逆転の歴史です。ハワーリジュ派・カイサーン派・ザイド派・イスマイル派・ドゥルーズ派——「異端」と一括りにされてきた諸派の各々が、ムハンマド没後の早い段階でイスラーム共同体の核心問題(指導者の資格・神と人間の関係・終末論)に対して鋭い解答を提示していました。

特に印象的なのは、「メシア論」や「イマームの資質」をめぐる議論が、シーア派系の諸派から先に精緻化されていったという事実です。これに対してスンナ派は、当初は明確な教義体系を持たず、「異端」諸派への反駁の中で自らの「正統」性を後天的に構築していきました。私たちが「正統」として受け取っているものの多くは、「異端」が突きつけた問いへの応答として生まれたものだったのです。本書にはさらに、10世紀以降のシーア派の枠組み形成と、スンナ派が「正統」として定着していく過程が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「正統」と「異端」を固定された区分として見る視点が崩れた

読む前と後で、宗教史への向き合い方が変わりました。以前は「正統」と「異端」を、最初から存在する固定的なカテゴリーとして受け取っていました。でも今は、「どちらが先に問いを立て、どちらが応答したのか」「『正統』はどのような対立の中で形成されたのか」という問いを持って歴史を読むようになりました。

具体的には、現代の中東情勢でスンナ派・シーア派の対立を見るとき、「単なる多数派と少数派の争い」ではなく、「異なる神学的な問いと解答の系譜の衝突」として理解できるようになりました。また、キリスト教や仏教の宗派分裂についても、「異端と正統の発生順序」を問う視点が応用できることに気づきました。宗教を「教義の体系」だけでなく「対立と応答のダイナミズム」として読む眼が生まれました。

東京大学准教授・イスラーム思想史の専門家が「異端」を起点に正統形成を読み直した

菊地達也は東京大学大学院人文社会系研究科准教授としてイスラーム思想史・シーア派思想を専門とする研究者です。イスラーム諸派、特に「異端」として一般に位置づけられてきたシーア派系諸派の思想を一次資料から研究してきた著者だからこそ、本書では「異端と正統の発生順序を逆転させて読む」という大胆な構図が、緻密な実証とともに展開されています。

この本を読まなければ、「スンナ派が正統・シーア派が異端」という固定的な構図でイスラーム教を理解したまま、異端が先に生まれ正統がそれに触発されて形成された逆転の歴史と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史 (講談社選書メチエ) 菊地達也 / 講談社選書メチエ

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