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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

『資本論』は難解な思想書――その先入観が崩れた一冊

『資本論』は自分には縁のない難物だと思っていた

マルクスの『資本論』と聞くと、私はずっと、分厚くて難解で、専門家か特定の思想を信じる人だけが読むものだと思っていました。手に取っても最初の数ページで挫折する、近寄りがたい古典。そういう棚の奥に押し込んでいたのです。けれど、その先入観を抱えたままだと、毎日の給料やものの値段、自分が働いて得ているものの正体について、どこか説明のつかないもやもやが残り続けていました。なぜ同じ一時間の労働でも報われ方が違うのか、なぜ景気という言葉がこれほど自分の暮らしを左右するのか――根っこのところがわからないまま、世の中の経済の仕組みを、いつも誰かの解説の受け売りでしか語れない感覚があったのです。金子ハルオ著『資本論の学習』は、その入り口の扉を静かに開けてくれました。

難物の正体は、身近な「商品」から始まる思考だった

この本が示してくれるのは、『資本論』が天から降ってきた難解な思想ではなく、目の前にある一つの「商品」をどこまでも問い直していく、地道な思考の積み重ねだということです。本書は新日本新書の一冊として書かれた入門的な学習書で、いきなり結論や主義主張を押しつけるのではなく、『資本論』そのものを読み解くための道筋を丁寧にたどっていく構成になっているとされています。なぜ物には値段がつくのか、労働とは何か――そうした素朴な問いから順を追って組み立てられていくため、専門書を前にして挫折してきた読者でも、考えの足場を一段ずつ確かめながら進めます。原典をいきなり開くと、抽象的な言葉の連なりに圧倒されて何ページも進めないものですが、本書のように一つひとつの概念がなぜ必要になるのかを噛みくだいてもらえると、難解さの正体が「順序を飛ばして読もうとしていたこと」にあったのだと気づかされます。記事で触れられるのはその入り口の部分だけで、本書ではさらに踏み込んだ概念へと、段階を追って案内が続いていきます。

経済のニュースが、自分ごととして読めるようになる

この本に触れる前、私にとって経済の話は、専門家が難しい言葉でやり取りする、遠い場所の出来事でした。読み進めると、その距離が縮まっていきます。スーパーで値札を見るとき、給与明細を眺めるとき、これまでただ受け取っていた数字の背後に「なぜこうなっているのか」という問いを立てられるようになりました。同じ品物の値段がなぜ店によって違うのか、自分の働いた時間が何にどう換算されているのか――そんな日常の疑問が、ただの不満ではなく考える手がかりに変わっていきます。世の中の経済の動きを、誰かの解説を待たずに、自分の頭で一度噛みくだいてみる――そういう習慣が芽生えたのです。完全に理解できたわけではなくても、思考の入り口を持てたことで、ニュースの見え方そのものが変わりました。

入り口を知らないままでは、ずっと遠ざけたままだった

この本に出会わなければ、私は『資本論』を「自分には関係のない難物」として、これからも棚の奥に押し込んだままだったと思います。著者の金子ハルオ氏は、東京大学で理論経済学を学び、東京都立大学で長年経済学を講じた経済学者です。研究と教育の現場で学習者と向き合ってきた人だからこそ書ける、つまずきやすい箇所を見越した案内がここにあります。難しいから、自分には関係ないから、と古典を遠ざけてきた自分に心当たりのある方は、まず一冊の入門書から扉を叩いてみる価値があります。ぜひ本書で確かめてみてください。

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資本論の学習 (1971年) (新日本新書) 金子 ハルオ / 新日本新書

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