漢字は大昔に完成した不動のルールだと思っていました
学校で習った書き順や部首の分け方は、絶対的な正解として決められているものだと、ずっと信じていました。「馬」や「虎」になぜケモノヘンがつかないのか、「四」がなぜ横線四本ではないのか。考えたことすらなく、なんとなく「そういうものだ」と流してきた自分に、どこかしっくりこないものを感じていました。毎日何百字も書いているのに、その成り立ちを何ひとつ説明できない。ところが公益財団法人 日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス新書)について調べてみて、その前提が根底から揺らぎました。書き順には絶対的なルールが存在しないという一文に出会ったとき、義務教育で刷り込まれた常識がひとつ崩れる感覚がありました。
「ものの形からできた漢字」は全体の3割だけ
本書の執筆には、漢字博物館・図書館の館長を務める阿辻哲次氏をはじめ、漢字文化研究所研究員の田中郁也氏、日本大学教授の戸内俊介氏といった専門家が名を連ねています。象形文字のイメージが強い漢字ですが、実際に「ものの形からできた漢字」は全体のわずか3割にとどまるという指摘は、漢字観そのものを揺さぶるものでした。本書のもとになっているのは、日本漢字能力検定協会が運営するメールマガジンに寄せられた読者からの疑問だといい、「なぜ書き順に絶対の正解がないのか」という素朴な一問から編集が始まったそうです。本書は五つの章で構成されており、漢字の歴史から成り立ち、書き順や読み方のルール、当て字や創作漢字まで、日本漢字能力検定協会に寄せられた素朴な疑問に専門家が正面から答えていきます。知識エンタメ集団QuizKnockの山本祥彰氏が投げかけた質問も収録されているとのことで、読者目線の疑問がどう解き明かされているのか、本書でぜひ確かめてみてください。
見慣れた文字が急に立体的に見えてくる
漢字が完成されたルールの塊ではなく、時代とともに揺れ動いてきた生きた記号の集積だと知ってから、街の看板や新聞の見出しを眺める目が変わりました。「島」と「嶋」のような表記の違いに出会うたびに、これまでなら気にも留めなかった揺らぎの背景を想像するようになったのです。先日、役所の窓口で「辺」と「邊」が混在した看板を見かけたときも、以前なら気にも留めなかったのに、なぜ表記が揺れているのか考えを巡らせるようになりました。子どもに書き順を教えるときも、「絶対にこう書きなさい」と押しつける前に、少し立ち止まって考えられるようになった気がします。毎日何百回と目にしている漢字一つひとつに、それぞれの成り立ちの物語が眠っていると思うと、通勤路の看板ひとつでも退屈しなくなりました。
締め
漢字検定を主催する公益財団法人が編み、京都大学名誉教授で漢検漢字博物館・図書館館長も務める阿辻哲次氏をはじめとする専門家が名を連ねる一冊だからこそ、素朴な疑問にここまで正面から答えられるのだと感じました。長年漢字と向き合ってきた蓄積の重みが、随所ににじんでいます。読むまでは、自分がどれほど漢字を「当たり前」として素通りしてきたか、気づいてすらいませんでした。
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