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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「日本語の敬語は面倒なだけ」という前提を言語学者が崩した

「日本語の敬語は面倒な慣習にすぎない」と思い込んでいた

日本語を使って育ちながら、ずっと敬語を「面倒なルールの体系」としてしか見ていませんでした。就職活動や会社生活で「正しい敬語」を使わなければならないと言われるたびに、誰かが作った余計な慣習に縛られている感覚がありました。敬語は身分制社会の名残であり、現代には不要なものだという気持ちも少しありました。

でも、その思い込みを持ったまま外国人に日本語を教える場面に立ち会うと、どこかしっくりこないことがありました。外国語学習者が「敬語は日本語で最も美しいシステムだ」と言う。なぜ自分が「面倒だ」と感じているものを、外から見ると「美しい」と見えるのか。

金田一春彦著『日本語 新版(下)』を読んで、その見え方の違いの理由がわかりました。

敬語は「関係性を調整する精密な言語システム」だった

下巻で金田一が詳しく論じるのは、日本語の文法の特質と敬語の構造です。日本語の敬語は単なる礼儀作法ではなく、話し手と聞き手と話題の人物という三者の関係性を、一つの発話の中に組み込んで表現するための精密なシステムです。これほど複雑な人間関係の情報を言語に埋め込む仕組みを持つ言語は、世界的に見ても珍しい。

金田一はまた、日本語の文法は「述語を文末に置く」という構造を持ち、これが会話において相手の反応を見ながら最後まで立場を定め続けられるという柔軟性を生んでいることも指摘しています。英語が「I think that...」と最初に主体を宣言するのに対し、日本語は最後まで「どう思うか」を保留できる。この構造が、日本語の曖昧さの正体であり、同時に繊細さの源でもあります。本書にはさらに、日本語の表記システム(漢字・ひらがな・カタカナの共存)の合理性についての論も展開されています。ぜひ本書で確かめてみてください。

敬語を使うとき、何をしているかが見えるようになった

読む前と後で、敬語を使う場面での意識が変わりました。以前は「正しい形を選ぶ作業」としてしか感じていなかった敬語が、今は「相手との関係の中で自分がどこに立つかを言語に刻む行為」として見えるようになりました。

敬語を「自然に使える」人は、その関係性の調整を無意識に高速で行っているわけです。それは礼儀の習慣ではなく、社会的なインテリジェンスの発揮です。その認識が変わると、日常の会話の中で自分が何を選択しているかへの気づきが深まりました。

「敬語は面倒なだけ」という思い込みで、自分の言語の精密さを見落としていた

金田一春彦(1913-2004)は東京外国語大学・上智大学などで長く教鞭を執った言語学者で、日本語の音韻・アクセント研究と国語辞典編纂の第一人者です。本書の下巻は、日本語の文法・表記・敬語の全体を丁寧に解明した一冊で、上巻とあわせて読むことで日本語の全体像が見えてきます。

「敬語は面倒だ」という感覚を持ったまま過ごしていたら、自分が毎日使っている言語の精密なシステムに気づけないままでした。

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