人喰い熊は、遠い山奥だけの出来事だと思っていました
人喰い熊というと、北海道の山奥で稀に起きる出来事だと、私はずっと思っていました。ニュースで見る熊の被害も、どこか自分の生活とは遠い場所の話として受け止めていました。大きくて凶暴な個体ほど危険で、山に入らなければ関係ない――そんな漠然とした安心感を抱いたまま、都市近郊のニュースを見過ごしていました。それでも、なぜ同じ地域で被害が繰り返されるのか、なぜ人里の近くにまで熊が出てくるのか、説明を聞いてもどこかしっくりこないものが残っていました。中山茂大の『人喰い熊大国ニッポン』を読んで、その安心感は根底から崩れました。
66頭の牛を襲いながら、人間に目撃されたのはたった1度
本書が描く「OSO18」は、その思い込みを覆す象徴的な存在です。2019年から2023年にかけて北海道・標茶町周辺で66頭もの牛を襲い、そのうち32頭を死なせた体長2.1メートル、体重330キロのヒグマです。被害額は2000万円を超えたにもかかわらず、人間に姿を目撃されたのは活動期間中でたった1度しかなかったといいます。しかも本書によれば、危険なのは大型の個体だけではなく、経験の浅い「小型の個体」がかえって人里に踏み込みやすいのだそうです。1915年に7人が死亡した三毛別羆事件のような歴史的大惨劇から現代の被害まで、人喰い熊が生まれる背景には共通するパターンがあることが、明治期から続く地方紙の分析を通して明らかにされていきます。本書にはさらに、熊撃ち名人・山本兵吉の記録や、世界各地の人喰い熊事件との比較も詳しく書かれています。その先は、ぜひ本書で確かめてみてください。
ニュースの熊が、遠い山奥の話ではなくなった
この本を読む前は、熊のニュースを見ても「また北海道か」「気の毒に」で終わっていました。読んだ後は、被害の起きた場所や熊の体格、目撃の有無といった細部に自然と目が行くようになりました。近所の里山でクマの出没情報が回覧板に貼られたときも、以前なら気にも留めなかったのに、今はどんな個体で、どういう経緯で人里に近づいたのかを考えるようになりました。漠然とした恐怖ではなく、具体的な状況を思い浮かべられるようになったことが、自分でも一番の変化だと感じています。ごみの出し方一つ、キャンプの装備一つにも、以前より具体的な注意を払うようになりました。
知らないままだったら、ずっと熊を「遠い山奥の脅威」だと思い込んでいた
著者の中山茂大は、明治期から戦中戦後にかけての地方紙を約70年分読み込み、市町村史や郷土史も参照しながら熊害事件をデータベース化してきた「人喰い熊評論家」であり、前著『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』の著者でもあります。千葉県大多喜町で自らキャンプ場を営みながら熊の生態と向き合ってきた経験も、本書の記述に厚みを与えています。机上の資料だけでなく、自らも山里の暮らしの中に身を置いてきた人だからこそ書ける実感が、本書のいたるところに滲んでいます。もし読んでいなければ、私はいまも熊を「遠い山奥の脅威」としか捉えられなかったはずです。
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