陰謀論にはまるのは、自分とは違う人だと思っていました
極端な陰謀論を信じてしまうのは、どこか特別な人たちの話。私は長らくそう思っていました。自分は冷静で、そうした話には距離を置けているはずだと。けれど、身近な誰かが少しずつ偏った主張に傾いていくのを目にしたとき、なぜそうなるのか説明できない自分に気づき、どこか落ち着かない気持ちを抱えるようになりました。その違和感に、本書は思いがけない角度から答えをくれました。
ありふれた言葉が、思わぬ流れの入り口になっていた
本書が光を当てるのは、一見すると無害な、日常にあふれた言葉です。著者によれば、たとえば「オーガニック」「アロマ」「量子力学」「ボードゲーム」といった、ふだん前向きに使われる言葉が、歴史をたどると一つの大きな流れの入り口になりうるのだといいます。健康に気をつかいたい、心を整えたい、世界の仕組みを知りたい。そうしたごく自然な願いから手に取った言葉が、いつのまにか別の文脈へとつながっていく。本書はその流れを、カウンターカルチャーとニューエイジ、自己啓発とビジネス、スピリチュアルの世界、そしてスピリチュアルと陰謀論が結びつく領域という四つの軸から、近現代史を裏側からたどるように描き出していきます。善意や向上心から始まった関心が、どんな言葉づたいに思わぬ方向へ流れていくのか。本書ではその道筋が、より踏み込んだ形で歴史の文脈とともに丁寧にたどられています。著者は誰かを名指しで責めるのではなく、言葉と思想がどのように結びつき、時代を越えて受け継がれてきたのかを、距離を保ったまなざしで描き出します。だからこそ読みながら、自分の語彙の中にも入り口がないか、ふと振り返らずにはいられなくなります。
言葉の来歴を意識してから、情報の受け取り方が変わった
知る前の私は、心地よく響く言葉を、ただそのまま受け取っていました。けれど読んだ後は、ある言葉が自分の心にすっと入ってくるとき、その言葉がどんな文脈から来たのかを一拍おいて考えるようになりました。SNSで耳ざわりのよいフレーズに出会ったとき、すぐに同意せず、これは誰が、どんな流れの中で使ってきた言葉だろうと立ち止まる。たとえばタイムラインで「目覚めよう」といった呼びかけを見かけても、反射的にうなずく前に、その言葉の来歴をたどってみる余裕が生まれました。その小さな間が生まれたことで、情報に飲み込まれそうな感覚がずいぶん減りました。気になる話題に出会ったとき、頭ごなしに否定するのでも鵜呑みにするのでもなく、いったん歴史の地図の上に置いて眺めてみる。そんな受け取り方ができるようになったことで、ニュースやSNSとの付き合い方がずっと穏やかになりました。世界が急に怖くなったのではなく、足元を照らす地図を一枚手にしたような落ち着きを得られたのです。
知らないままだったら、自分は安全だと油断し続けていた
この本を読まなければ、私は陰謀論を遠い世界の話と決め込み、その油断こそが入り口だと気づかないままだったはずです。著者の雨宮純さんは、オカルトや疑似科学、悪徳商法の歴史を研究してきた書き手とされ、本書はそうした関心の蓄積から生まれたデビュー作です。特定の立場を断罪するのではなく、言葉と歴史の結びつきを冷静にたどる視点が、読み手に距離の取り方を授けてくれます。自分だけは大丈夫と感じている人にこそ、開いてみてほしい一冊です。