豊かさとは「手に入れること」だと信じて疑わなかった
いいものを買い、便利なものを揃え、持ち物が増えていくほど人生は豊かになる。そう信じて、私は欲しいものを買い足し続けてきました。けれど部屋がモノで埋まっていくのと反比例するように、心のどこかはいつも満たされず、「これでまだ足りない」という渇きが消えませんでした。手に入れたはずなのに、なぜか落ち着かない。その正体がわからないまま、私はさらに何かを買い足そうとしていたのです。ところがこの本は、その渇きの正体を静かに言い当てました。願えば願うほど、こだわればこだわるほど、求めたものは離れていく、と。
禅が説く「願い=執着」という、思いがけない等式
本書で著者が示すのは、禅の世界では「願い」とは「執着」にほかならない、という捉え方です。人でもモノでもお金でも、強く握りしめようとするほど、するりと手をすり抜けていく。だからこそ、まず手放すことから始める——それが心を晴ればれと軽くする道だと説かれます。たとえば朝、決まった時間に起きて窓を開け、空気を入れ替える。そんな一見ささやかな所作にも、心を整える意味が込められていると本書は語ります。手放すとは、ただモノを捨てることではなく、余計な思いを一つひとつ置いていく営みなのです。本書はモノを手放す話にとどまらず、気持ちを整えること、一日のはじまりの所作、威儀を正すこと、「縁」を大切にすること、結果よりも過程を重んじることなど、暮らしと心の全体にわたって章立てされています。ある読者は「まずは自分を見つめて心の整理から役立った」と書いていました。手放すことが、片づけではなく生き方そのものへと広がっていく。その続きは、ぜひ本書で確かめてみてください。
「足りない」が口ぐせだった私の、朝が変わった
この教えに触れる前の私は、朝起きるなり「あれもこれもしなければ」と気ぜわしく、スマートフォンで通知を確かめながら、満たされない思いを抱えたまま一日を始めていました。買い物アプリのカートにはいつも何かが入っていて、それでも心は渇いたままでした。けれど「これで十分」と思える心を少しずつ育ててみると、朝の景色が変わりました。窓から差す光や、淹れたてのお茶の香り、ベランダに置いた小さな鉢の緑といった、これまで素通りしていたものが、ふいに豊かなものに見えてきたのです。新しいモノを探す前に、すでに手元にあるものをもう一度見つめ直すようになりました。モノを減らしたわけではなく、握りしめる手をほんの少しゆるめただけ。それだけで、同じ部屋が前より広く、息のしやすい場所に変わっていきました。
知らなければ、私はずっと渇いたままだった
もしこの本に出会わなければ、私は「もっと手に入れれば満たされる」という誤解を抱えたまま、終わりのない渇きの中にいたはずです。著者の枡野俊明さんは曹洞宗徳雄山建功寺の住職であり、国内外で「禅の庭」を手がける庭園デザイナー、そして多摩美術大学名誉教授でもあります。2006年には『ニューズウィーク』日本版で「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれました。禅の実践者として、また美を形にしてきた人だからこそ語れる「手放す」の意味があります。同じように満たされなさを抱える方にこそ、この一冊を届けたいと思います。