論理的思考とは、頭のいい人が生まれつき持つ才能だと思っていた
論理的に話せる人は、頭の回転が速く、難しい言葉を駆使する、自分とは違う種類の人だ——私はずっとそう思っていました。だから議論の場で誰かにそれらしい根拠を示されると、内心では腑に落ちていなくても「自分には反論する頭がないから」と引き下がってしまう。そのたびに、自分の考えをうまく言葉にできない不器用さに、ひそかに落ち込んでいたのです。けれどこの本は、論理的思考が才能ではなく、誰でも学べる「技術」だという事実を突きつけてきました。
「それらしい根拠」に、なぜ私たちは納得させられてしまうのか
本書が解きほぐすのは、「論理的思考」という言葉そのものへの誤解です。私たちは論理を、難しく考える力や頭の回転の速さと混同しがちですが、本書はそれを「主張と根拠のつながりを点検する作業」として捉え直します。たとえば、それらしい根拠を提示されただけで、なんとなく納得させられてしまう——この現象がなぜ起きるのかを、本書はかわいい事例のイラストと練習問題を通して、目に見える形にしていきます。主張と根拠の間には、語られていない「隠れた前提」が必ず潜んでいる。そこに目を向けると、もっともらしい話のどこに飛躍があるのかが、急に輪郭を持って見えてくるのです。本書はもともと『論理的思考 最高の教科書』として書かれた内容を、より幅広い読者向けに加筆・再編集したもので、議論における複数の意見をどう整理するか、わかりやすい話をどう組み立てるかまで、段階を追って踏み込んでいきます。難しい用語を覚えるのではなく、手を動かして練習するうちに身につく構成です。その手順の全体像は、ぜひ本書で確かめてみてください。
「なんとなく納得」が「どこが引っかかるか言える」に変わった
この本を読む前の私は、人の話に違和感を覚えても、その正体を言葉にできませんでした。だから議論では「なんとなく正しそう」に押し切られ、家に帰ってから「やっぱり何かおかしかった」とモヤモヤを引きずる。それが常でした。けれど主張と根拠を切り分けて見る習慣がついてからは、「その結論は分かるのですが、根拠とのつなぎ目に飛躍がありませんか」と、引っかかりの場所を具体的に指せるようになりました。先日も会議で「みんなやっているから」という曖昧な提案に対して、その前提が抜けていることを落ち着いて指摘できたのです。ニュースやSNSで流れてくる断定的な主張も、「これは根拠なのか、ただの感想なのか」と一度立ち止まって見分けられるようになりました。感情で押し負ける側から、構造を見て立ち止まれる側へ。話の聞こえ方そのものが変わりました。
知らないままなら、これからも「それらしい話」に流され続けていた
この本を読まなければ、私はこれからも論理を才能のせいにして、もっともらしい主張に流され続けていたはずです。自分の考えをうまく言葉にできないのは頭が悪いからだと、見当違いの場所で自分を責め続けていたかもしれません。著者の福澤一吉は早稲田大学名誉教授で、専門は言語病理学・認知神経心理学。人間が言葉をどう使い、どう思考するのかという仕組みを長年研究してきた専門家だからこそ、論理を「特別な才能」から「誰でも練習で使える道具」へと引き下ろす語り口に説得力があります。タイトルは「13歳から」とありますが、ある読者が「内容は大人向け」と評したように、むしろ仕事や議論で言葉に詰まってきた大人がいま読んで効く一冊です。