「強い者が勝つ」と思い込んでいた
プロ野球を観ていて、私はずっと「戦力のあるチームが勝つ」と単純に信じていました。良い選手を集め、お金をかければ強くなる。負けるチームは選手の力が足りないだけだ、と。だから阪神タイガースが優勝から遠ざかると、また補強が足りないのだろう、くらいに片づけていました。でも、それだと一つ説明がつかないことがあります。同じくらいの戦力でも勝ち続けるチームと、ずるずる崩れていくチームがある。その差はどこから来るのか。野村克也著『阪神タイガース暗黒時代再び』は、その問いに正面から答えてくれました。
勝敗を決めるのは「育てる仕組み」だった
本書で野村氏が繰り返し指摘するのは、阪神が長く正捕手を自前で育てられなかったという構造的な弱点です。読者レビューでも、矢野燿大以降に正捕手が育たず、外から捕手を獲り続けたことがチーム弱体化の一因だと語られています。捕手は体力だけでなく、繊細さ、大胆さ、忍耐力、研究熱心さといった多くの資質が要求される、最も育成が難しいポジション。そこを場当たりの補強で埋め続ける限り、土台は固まらないという見立てです。お金で外から戦力を買うのか、時間をかけて内から育てるのか——その選択こそが、数年後の勝敗を静かに決めている。ある読者は、若手をどんどん起用して一時的に下位に低迷したとしても、そのほうが将来のためになるのではないかと、本書を読んで自分なりに考えたと書き残しています。目の前の一勝と、数年後の常勝。そのどちらを取るかという問いが、補強というありふれた話題の奥に潜んでいたわけです。本書では巨人・中日との根本的な相違や、歴代監督の采配分析、ベテランの活かし方や若手の起用法まで、より踏み込んだ診断が章ごとに展開されます。野村氏の個人的な恨み節ではないかという批判も読者の間にはあり、賛否の分かれる本でもありますが、その続きはぜひ本書で確かめてみてください。
「補強」の二文字が、違って見えるようになった
この視点を知る前は、シーズンオフの補強ニュースを見るたびに「良い選手が来た、来年は勝てそうだ」と素直に喜んでいました。けれど読んだ後では、ニュースの裏で「では自前の若手はどうなっているのか」と考える癖がつきました。派手な大型補強の記事を見ても、すぐには浮かれず、二軍で誰が伸びているかを気にするようになったのです。これは野球に限った話ではありませんでした。職場で即戦力を中途採用で埋め続けるのか、時間をかけて人を育てるのか。短期の結果と長期の土台、そのどちらを選ぶかという問いは、私自身の身の回りにもそのまま転がっていました。チームが負け続けているとき、つい「誰が悪いのか」と犯人探しをしてしまいがちですが、本当に見るべきは人を育てる仕組みがあるかどうかなのだ——そう思えるようになってから、勝ち負けの一喜一憂に振り回される時間が減りました。
ぼやきの奥にあった、捕手の眼
この本を読まなければ、私は勝敗を選手の力量だけで眺める見方から抜け出せなかったと思います。著者の野村克也氏は、戦後初の三冠王であり、最も育成が難しいとされる捕手として球史に残る成績を残した人物です。だからこそ、目に見える派手さよりも、土台を作る地味な部分に厳しい眼が向く。ぼやきや恨み節と受け取られがちな語り口の奥には、長く現場を見続けた人だけが持つ診断眼があります。勝ち負けを表面だけで語っていた自分に、もう一段深い見方を授けてくれる一冊でした。