「ぼったくりは悪い業者がやることで、警察と条例で厳しく取り締まれば自然となくなるはずだ」とずっと思っていた
歌舞伎町でのぼったくり被害のニュースを見るたびに、「悪質な店を摘発すればいい」「行政の取り締まりが甘いのが問題だ」——そういう単純な発想で受け取っていました。ぼったくり防止条例も風適法もあるのに、なぜ被害が減らないのか——その答えは「警察の本気度が足りない」程度の理解で止まっていました。ぼったくり業者を「特殊な悪人」と切り離して考え、街全体の構造とは結びつけて見ていませんでした。
でも、歌舞伎町で何十年も続くぼったくり問題が、法律と摘発の強化だけで解決しないのはなぜか——という問いに、説得力のある答えを持てないままでいました。
武岡暢著『歌舞伎町はなぜ〈ぼったくり〉がなくならないのか』を読んで、その問いへの答えが見えてきました。
ぼったくりは「悪人」が起こすのではなく、歌舞伎町という街の「サービスの不透明さ」が構造的に生み出している
著者が本書で示す核心は、ぼったくりが「悪質な業者の個別の犯罪」ではなく、歌舞伎町という街の構造——客と店の間の情報の非対称性・短期取引が中心の客層・観光客や一見客の多さ・サービスの基準が言語化されにくいこと——が結びついて、構造的に発生しやすい環境を生み出しているという事実です。著者は社会学者として歌舞伎町で長期フィールドワークを行い、街と取引の構造から問題を読み解きます。
特に印象的なのは、「なぜぼったくりをしない店があるのか」を逆向きに問う視点です。著者は3つの理由を挙げます——①サービスの同一性が不確かな中で、より安い料金で満足してもらえる方が結果として利益になる、②常連客の獲得と中長期的な取引継続を求める動機がある、③法執行の恐怖がある。この逆向きの問いから見えてくるのは、ぼったくりが「悪意」ではなく「経済合理性の選択」として発生していて、その選択を変えるには街の構造と取引の透明性を変えなければならないということです。第4章「職業としての客引き」では、街路上で客を呼び込む人々の労働実態と、彼らがどのように街の構造の一部として機能しているかも詳しく描かれます。本書にはさらに、世界の歓楽街と歌舞伎町の比較、法環境の限界が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「悪人を罰すれば問題は解決する」という思考の浅さに気づいた
読む前と後で、社会問題への向き合い方が変わりました。以前は「悪い行為」を見ると「悪人を罰すれば解決する」という単純な発想で対処を考えていました。でも今は、「その行為を生んでいる構造は何か」「合理性のレベルでなぜそれが選ばれているのか」を問う視点を持てるようになりました。
具体的には、詐欺・不正・違反の話題に触れるとき、「個人の倫理欠如」だけでなく「その行為を経済合理的にしている環境構造」を一緒に考えるようになりました。街・市場・組織——どのレベルでも、構造を変えずに個人だけを罰しても問題は再生産される。この社会学的視点は、ぼったくりに限らず、現代社会の様々な問題への向き合い方を一段成熟させます。
東大博士・歓楽街の都市社会学研究者が、フィールドワークから街の構造を解明した
武岡暢(1984年東京都新宿区生まれ)は東京大学大学院人文社会系研究科で博士(社会学)を取得し、歌舞伎町を中心とする歓楽街の都市社会学を研究してきた研究者です。立命館大学准教授として、長期にわたるフィールドワークと社会学理論を結びつけてきた著者だからこそ、本書では新聞記事レベルの「悪質業者批判」を超えた、街と取引の構造分析が成立しています。
この本を読まなければ、ぼったくりを「悪人の犯罪」として遠ざけたまま、街と取引の構造が生み出す合理性と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。