男は年を取れば自然に「おとな」になれると思っていた
男性は仕事を続けていれば、年齢とともに自然に成熟していく——そんな前提をずっと持っていました。責任が増え、経験が積まれ、50代になれば人生の重みを背負った「おとな」になれるはずだと。しかし現実には、会社では若い部下との話がかみ合わず、家では妻から「あなたは変わった」と言われ、自分でも何かが違うと感じながら、それが何なのかわからないまま過ごしている男性が少なくありません。その違和感に名前がない、という状態がずっと続いている感じがしていました。香山リカ著『おとなの男の心理学』を読んで、その「名前のない違和感」がくっきりと言語化されました。
男の中年期危機は、女性のそれと全く違う形でやってくる
本書が指摘するのは、壮年から老年にかかる年代の男性には、それまでの人生では一度も経験したことのない「人生最大の危機」が待ち受けているという事実です。プライドの崩壊、定年後の居場所の消失、男性更年期による気力・体力の低下、そして妻との関係の変化。これらは「老いの問題」として一括りにされがちですが、著者は精神科医の立場から、これらが実は「変化を受け入れられない心理」と深く結びついていると分析します。
本書では「オクノフィル」という心理学的な概念が登場します。変化を恐れ、「知っている世界・変わらぬ世界」にしがみつくことで安心を保とうとする傾向のことです。多くの男性はこの傾向を強く持っており、職場という変化の少ない環境の中で何十年も過ごすことで、それがさらに強化されていく。だから定年や家庭内での役割変化という「変化」に直面したとき、うまく対応できずに「透明人間」のような存在になっていく——本書にはそのメカニズムがさらに詳しく、具体的な事例とともに書かれています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「変われない」のではなく「変わり方を知らなかった」だけだとわかった
この本を読む前は、変化に対応できない中高年男性を見て「頑固だ」「成長が止まっている」と感じていました。でも今は違います。変化を恐れるのは意志の弱さではなく、変化への向き合い方を誰にも教わらないまま社会人になり、ひたすら「変わらない安定」を積み上げてきた結果なのだと理解できました。日常の具体的な場面でいえば、父親世代の「なぜわかってくれないのか」という訴えが、以前は単なるわがままに聞こえていたのが、今は「変化の波に飲まれて言語化できないでいる人」として見えてきます。その視点を持てたことで、身近な関係の中でのすれ違いを、批判ではなく理解で受け止められるようになりました。
この本なしでは、見えないままだった景色がある
壮年期・老年期の男性心理は、長らく精神医学の「死角」だったと著者は言います。女性の更年期や若者のメンタルヘルスは多く語られるのに、中高年男性の心の問題はなぜか正面から取り上げられることが少なかった。香山リカは精神科医として30年以上にわたって臨床の現場に立ち、立教大学教授を務めながら延べ数万人の患者を診てきた実績を持ちます。その経験の厚みから語られる「おとなの男の心理」は、単なる観察記録ではなく、変化と向き合うための地図として機能します。自分自身が変わる前に、変化の構造を知っておくことには価値があります。