中国のスポーツは「国威発揚のための金メダル工場」だと思っていた
オリンピックで次々とメダルを獲っていく中国を見て、私はどこかで「国家が選手を機械のように育て、金メダルの数を競っているだけ」だと決めつけていました。表彰台の数字の向こうにいる選手たち一人ひとりの顔も、その競技がどんな歴史を背負っているのかも、まったく想像していなかったのです。強い、けれどどこか不気味だ。そんな大ざっぱな印象だけで中国スポーツを眺めていました。けれど、その見方のままだと、中国スポーツの強さに対していつも漠然とした警戒と違和感だけが残り、何も腑に落ちません。本書を読んで、その平板なイメージは少しずつ立体的になっていきました。数字の裏側には、もっと生身の人間と、もっと複雑な事情が広がっていたのです。
北京五輪を前にした、巨大スポーツ大国の素顔
本書は2008年の北京オリンピックを目前に控えた時期に、中国スポーツ界の内側を取材したルポルタージュです。さまざまな競技と有名選手を取り上げながら、「こわ〜い」という挑発的なタイトルの裏で、著者はその実態に分け入っていきます。読者のひとりは「一度も中国に行ったことがないのに、何度も行った気になった」と書き残しています。それほどまでに、現地の空気や選手たちの息づかいが具体的に描かれているということです。当時の中国は毒入り餃子や大気汚染といった話題で批判にさらされ、何かと暗いニュースが続いていました。それでも本書を読み終えると、不思議と前向きな気持ちになると別の読者が記しているように、著者は批判一辺倒ではなく、人々の熱量や競技そのものの面白さにも目を向けています。スポーツという切り口から、その国がどんな野心と矛盾を同時に抱えているのかを浮かび上がらせるのです。一つの競技の強さの背景に何があるのか、本書にはさらに踏み込んだ取材がいくつも収められています。その続きは、ぜひ本書で確かめてみてください。
海の向こうの選手が、急に人間に見えてきた
この本を読む前は、中国の選手を「国家の代表」という顔のない塊としてしか見ていませんでした。表彰台に並ぶ姿も、私にとっては国旗と国歌の背景にすぎなかったのです。けれど今は、テレビに映る一人の選手を見ても、その背後にどんな育成の仕組みがあり、どんな人生を背負ってそこに立っているのかを想像するようになりました。たとえば国際大会で中国選手が金メダルを獲った瞬間、以前なら反射的に身構えるだけだったところを、今はその一人がここに立つまでにくぐり抜けてきたであろう競争や事情に思いを巡らせるようになったのです。遠い大国のスポーツが、国家の数字ではなく一人ひとりの人間の物語として、急に手触りのあるものに近づいてきた感覚があります。
知らないままでいたら、数字だけで隣国を判断していた
この本に出会わなければ、私はこれからもメダルの数だけで隣国のスポーツを判断し、その奥にある人間の物語を見落とし続けていたはずです。著者は共同通信の記者として長く取材現場に立ち、自らもラグビー選手だった経歴を持つスポーツジャーナリストです。現場を知る書き手だからこそ書ける、地に足のついた取材の記録がここにあります。中国スポーツに漠然とした警戒や苦手意識を抱いている方こそ、この本が見せてくれる素顔に触れてみてほしいと思います。