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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

顔を表す言葉が3つもある理由——文字以前の日本語に降りてみる

「『顔』『面』『容貌』のような言葉は同じものを指す類義語で、使い分けに深い意味はない」とずっと思っていた

日本語には同じものを指すように見える言葉がたくさんあります。「顔」「面」「容貌」「面差し」「面立ち」「面構え」——これらは辞書的にはどれも「顔」を指す類義語として整理されます。日常で使う際は語感の好みで選んでいるだけで、それぞれに固有の意味の歴史があるとは意識せず、「文字の表記の違い」くらいに受け取っていました。

でも、「面構え」と「顔つき」が言われた相手の反応が違うのはなぜか、「面差し」を使うと特別な情緒が宿るのはなぜか——そういう日常の感覚は持っていても、その背景にあるものを言語化できないままでいました。

木村紀子著『日本語の深層——ことばの由来、心身のむかし』を読んで、その感覚の正体が見えてきました。

一つの「顔」を表す日本語には、文字以前の声の時代に分かれた「オモ」「カオ」「ツラ」という別系統の身体感覚が積層していた

著者が本書で示す核心は、日本語の身近な言葉が「文字以前の声の時代」から積み重なってきた身体・心の文化の歴史を映していて、現代の語彙には複数の起源が層をなして残っているという事実です。例えば顔を表す言葉が三つ(オモ・カオ・ツラ)あるのは、それぞれが古い時代に異なる身体感覚と結びついて発生したからです。「オモざし」「カオだち」「ツラがまえ」——同じ顔を指していても、語幹が示す身体感覚と心理的距離が違います。

特に印象的なのは、著者が「カサをサス」「ソヒげる」「焼けノ・ハラ」「ウマい・シブい・ヱグい」「ネル(練)」「オニごっこ」「マにウケる」「ケハヒ(気配)とオト」など、何気ない言葉を一つひとつ、文字以前の音の時代まで遡って意味の地層を掘り起こしていく手つきです。「うまい」「しぶい」「えぐい」が単なる味の形容詞ではなく、それぞれ別系統の身体感覚の言語化として発生したこと。「ネル」が現代の「練る」「寝る」に分岐する以前にどんな身体経験を指していたか——12のテーマが、現代日本語の表層の下にある古層を可視化します。本書にはさらに、文字を持たなかった時代の心身のむかしの記憶が、現代語にどう刻まれているかが詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

日々使う言葉一つひとつに「歴史の地層」を感じられるようになった

読む前と後で、日本語への向き合い方が変わりました。以前は語彙を「現代の意味を共有する記号の集合」として使っていました。でも今は、一つの言葉の中に「文字以前から積み重なってきた身体感覚の地層」が宿っているという感覚で言葉を選ぶようになりました。

具体的には、「面構え」「面差し」「顔つき」「カオ立ち」といった微妙な使い分けが、それぞれ異なる身体感覚を呼び起こす言葉として意識されるようになりました。文章を書くとき、味を表現するとき、身体感覚を語るとき——同じ意味の言葉でも、どの古層を呼び起こしたいかで選ぶようになります。古代の人々が文字なしで音だけで作り上げた感覚の網が、現代の自分の言葉遣いに今も生きているという気づきは、日々の言葉に深さを与えます。

奈良大学名誉教授・日本語史研究者が、12のテーマで文字以前の日本語を可視化した

木村紀子は奈良大学名誉教授として日本語史・古代語研究を専門に長年研究してきた研究者です。文字資料を遡るだけでなく、文字以前の音と身体感覚の世界を再構成する方法論を持つ著者だからこそ、本書では現代日本人が日常使っている語彙の「深層」を掘り起こす独特の射程が実現しています。

この本を読まなければ、日本語の語彙を「現代の記号」として使い続けたまま、文字以前の声の時代から積み重なってきた身体感覚の地層と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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日本語の深層-ことばの由来、心身のむかし (平凡社新書) 木村 紀子 / 平凡社新書

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