オペラは「知識のある人のもの」だと決めていた
クラシック音楽の中でもとりわけ敷居が高い——そんなイメージをオペラに持っていました。数時間にわたる上演、外国語の台詞、複雑な人間関係、登場人物の名前さえ覚えられない。CDやDVDを前にしても、何百枚もある盤の中からどれを選べばいいか、まったく見当がつかない。「これは詳しい人のための楽しみだ」と、知らず知らずのうちに諦めていたのです。
その諦めがどこかしっくりこなかったのは、オペラの断片——映画のBGMで流れるアリア、テレビで見かける舞台の一幕——がなぜか心に引っかかり続けていたからだと思います。触れたい気持ちはあるのに、入り口が見つからない、そんな感覚がずっと続いていました。もしかしたら自分には一生縁のない世界なのかもしれない——そんな諦めに近い感情を抱えながら、オペラのことを頭の片隅に残したままにしていました。
この本を開いて、ようやくその入り口が見えました。
「椿姫」から「指環」まで、熱量をもって案内する
本書は、モンテベルディのバロック・オペラからショスタコービッチまで69演目・120盤を案内する名盤ガイドです。ただし、単なる評価一覧ではありません。著者の堀内修が、「いま、これを聴け」という確信を持って選び抜いた盤について、オペラの聴きどころ・見どころを含めて熱く語っています。
例えばヴェルディの「椿姫」については、現在聴くべき名演として指揮者ショルティとソプラノ歌手ゲオルギューによる録音を取り上げ、「普遍性を獲得した」と評しています。あらすじと舞台背景だけでなく、「どの盤のどこに感動があるか」が具体的に書かれているため、聴き始める前から物語の核心に引き込まれます。
本書にはさらに、ワーグナーの大作「ニーベルングの指環」についても18ページに及ぶ詳細な案内があり、初心者がとっつきにくいと思われていた大作への入り方も丁寧に示されています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「オペラを聴く自分」が現れた
この本を読む前のオペラは、私にとって「いつか触れようとしていて、触れていないもの」でした。本書を読んでからは、具体的な盤を手に入れ、実際に鑑賞するという行動に踏み出しました。
変わったのは行動だけではありません。ラジオやテレビでオペラが流れたとき、以前は「難しそう」と思って素通りしていたものが、「これはどの演目だろう」と耳を向けるようになりました。著者が描いた「この演目の見どころはここだ」という視点が頭に残っているので、名前も知らない曲を聴きながら「ああ、これがあの感情の高まりか」と感じられる瞬間が生まれています。日常の中に、以前は存在しなかった小さな発見が増えている——それがオペラという世界を知ることで得られた、最も予想外の変化です。オペラが「別世界の芸術」から「自分の生活の中にある豊かな何か」へと変わった感覚は、この本なしには得られなかったと思います。
音楽評論家が選び抜いた「最初の一冊」
ウィーンへの留学経験を持ち、1970年代からクラシック音楽とオペラの評論を展開してきた音楽評論家の堀内修だからこそ書けた案内です。自身の鑑賞体験と批評家としての眼が結びついた、愛情深い選盤と解説が、オペラ入門者の背中を静かに押してくれます。
この本を読まなければ、オペラはずっと「知識のある人のためのもの」という印象のまま遠ざかり続けていたと思います。