戦争を違法にすれば、世界は平和になると思っていた
わたしはずっと、戦争は絶対的な悪であり、それを法でしっかり禁じてしまえば、世界は着実に平和に近づいていくものだと思っていました。人類が戦争を「あってはならないもの」と決めた以上、歴史は穏やかな方向へ進んでいくはずだ、と素朴に信じていたのです。
ところがその理解のままだと、現代になっても各地で残虐な紛争が絶えないことが、どうしても説明できませんでした。あれほど戦争を否定してきたのに、なぜ世界はむしろ野蛮に見えるのか。その矛盾を、ずっと飲み込めずにいたのです。その違和感を真正面から解いてくれたのが、この一冊でした。
ルールがあったからこそ、戦争は抑制されていた
本書が示すのは、国際法のそもそもの発想が「戦争をなくす」ことではなかったという事実です。国際法の礎を築いた法学者グロチウスは、三十年戦争の凄惨な殺し合いを目の当たりにして、戦争そのものを消し去ろうとはしませんでした。戦争はなくならない。だからこそ、せめて無法な殺戮を「ルールに基づく決闘」へと変え、不必要な残虐行為を抑えようとしたのです。
本書が問いかけるのは、ここからの逆説です。二十世紀に入り、人類は戦争そのものを「悪」と定めて違法化する方向へ進みました。ところが本書は、戦争を端的に違法と決めたことで、かえって戦時の振る舞いを縛るルールが軽んじられ、紛争が無秩序な惨劇に近づいていったのではないか、という視点を提示します。本書には、明治日本がなぜ成功したのか、昭和の日本とナチス・ドイツは何が違ったのかといった問いも、国際法という補助線で読み解かれています。続きはぜひ本書で確かめてみてください。
ニュースの善悪の図式が、立体的に見えてきた
この本を読んでから、国際情勢の報道の受け止め方が変わりました。以前は、どこかで紛争が起きると「悪い国が戦争を仕掛けた」という善悪の図式で理解し、それ以上は考えませんでした。けれど今は、「どの国がどのルールを踏みにじったのか」という、国際法の物差しで眺められるようになったのです。
たとえば歴史の教科書で習った不戦条約のような取り決めも、以前なら年号として暗記するだけでした。今では、それが戦争を縛ろうとした人類の試みの一段階であり、その理想がどんな副作用を生んだのかまで含めて考えられるようになり、過去と現在が一本の線でつながって見えます。新聞で国際紛争の記事を読むときも、感情的に憤るだけで終わらず、どのルールが破られたのかと一歩引いて捉えられます。善か悪かという平板な見方から、ルールが守られたか否かという立体的な見方へ。世界の出来事が、ぐっと読みやすくなりました。
善悪の図式のままでいたら、損をするところだった
この本に出会わなければ、わたしは国際情勢をただの善玉と悪玉の物語として眺め、その奥にある秩序の論理を見落としたままだったはずです。著者の倉山満さんは、中央大学大学院で国史を修めた憲政史の研究者で、長く近現代史と国際関係を論じてきた書き手です。歴史と法の両方に通じた視点があるからこそ、世界史の謎を国際法という一本の糸で解きほぐしてみせたのだと思います。
戦争を禁じれば平和になる、と信じている方は、その素朴な前提を一度疑ってみる必要があるのかもしれません。