聖書は「クリスチャンだけのもの」だと思っていた
聖書というのは、キリスト教を信仰する人が読む特別な書物だと長い間思っていました。「神様の教え」をまとめた本であり、宗教の知識がない自分には縁遠いものだと感じていたのです。ましてやパウロという人物の名前は聞いたことがあっても、何をした人なのか、なぜ重要なのかはまったく知りませんでした。でもこの本を読んで、パウロが「宗教の人」というより「歴史を変えた人」だったと知り、見方が一変しました。
迫害者が突然の回心で、世界を変えた
新約聖書は全27巻で構成されていますが、そのうち13巻がパウロの書簡です。全体の約半分を一人の人物が占めているというのは、驚くべき事実です。しかもパウロはもともと、キリスト教徒を迫害していた人物でした。ユダヤ教の律法に厳格な立場から、初期のキリスト教徒たちを弾圧する側にいたのです。それが劇的な回心を経て、180度立場を変え、伝道者となりました。
パウロの最大の功績は、キリスト教をユダヤ民族だけの宗教から「全人類の宗教」へと開いたことです。それまでキリスト教への改宗には、ユダヤ教の律法である割礼が必要でした。パウロはこの要件を外し、異邦人でも信仰によって救われるという道を開きました。この決断によって、キリスト教は世界宗教への扉を開いたとされています。改宗してから死ぬまでの約30年間で、パウロはローマ帝国領の約30の都市に教会を設立したと伝えられています。
ダマスカスへの道でパウロが経験した「回心の体験」は、その後のキリスト教神学において「恵みによる救い」という概念の根幹を形作りました。自らがかつてキリスト教徒を迫害した者でありながら救われたという経験が、「人は行いではなく信仰によって義とされる」という教義を生んだのです。この考え方は後にルターの宗教改革の礎となり、プロテスタント教会の誕生へと繋がっていきます。パウロという一人の人物の体験と思索が、2000年後の現代にまで届いているという事実は、単なる宗教の話を超えた人類史の重みを持っています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「歴史の裏にいた人物」が、急に鮮明に見えた
この本を読む前は、ヨーロッパの教会建築や美術作品に描かれた宗教的な場面を眺めても、「美しい」以上の感慨がありませんでした。読んだ後は、パウロという一人の人物がいなければ今のヨーロッパ文明が成立しなかったかもしれないという視点が生まれました。西洋の歴史を動かした思想の源流に、一人の人間の劇的な変容があったのだと知ると、教科書で学んできた歴史の一コマ一コマが、全く別の厚みを持って見えてきます。
本書は図解を多用した構成になっており、パウロの伝道旅行のルート地図や、初期キリスト教の人物相関図なども収録されています。聖書の予備知識を必要とせず、読み物としてページをめくれる設計は、宗教学者・船本弘毅の長年の教育経験から来ているものです。関西学院大学・東京女子大学・東洋英和女学院という三つの機関で教壇に立ち、宗教を知らない学生たちに向けて聖書を解説し続けてきた蓄積が、この本の「わかりやすさ」を支えています。キリスト教の全体像を掴みたい人にとって、出発点として選びやすい一冊です。
宗教の知識がなくても、この本は読める
著者の船本弘毅は関西学院大学教授・東京女子大学学長・東洋英和女学院院長を歴任した神学者・聖書学者です。豊富な地図や人間関係図を交えた図解形式で書かれているため、聖書の予備知識がなくても読み進めることができます。知らないままでいると、人類の歴史の根幹にある物語に、一生触れないまま終わってしまいます。