干支はただの動物のローテーションだと思っていた
年末になると今年の干支は何々で、と話題になります。私はずっと、干支とは十二種類の動物を順番に当てはめただけの、ちょっとした縁起物だと思っていました。なぜ牛が「丑」、猿が「申」と、わざわざ別の漢字を使うのかも気にしたことがなく、なんとなく分かったつもりで毎年やり過ごしていたのです。でも、そうやって表面だけ知っているつもりでいると、初詣や年賀状のたびに「結局これは何なのだろう」という小さな引っかかりが残り続けました。その曖昧さを根元から解いてくれたのが、武光誠さんの『日本人にとって干支とは何か 東洋の科学「十干・十二支」の謎を解く』でした。
干支は本来「時間と方位の性質」を読む技術だった
本書がまず明かすのは、干支とは動物の名前以前に、十干と十二支を組み合わせた六十のサイクルだということです。なぜ六十で一巡りなのか、その背景には古代中国の陰陽五行説があり、それは長い観察の積み重ねから生まれた一種の経験科学だったと著者は説きます。古代の中国人は、一年ごと一日ごとに移り変わる時間にはそれぞれ固有の性質があると考えていました。動物が結びついたのはむしろ後のことで、しかもそれが日本に渡来すると、日本古来の動物信仰や寺社の勢力と交ざり合い、中国にはなかった独自の風習へと姿を変えていきます。本書には、戌の年に犬を大事にすれば世継ぎが生まれるといった俗信がどう生まれたかなど、さらに踏み込んだ日本史の物語が詰まっています。寺社が勢力を広げる中で動物がいかに神格化されていったか、占いとして人々の暮らしにどう根づいていったか——中国の暦の体系が日本の風土の中で柔軟に姿を変えていく過程が、章を追うごとに立ち上がってきます。その変遷の続きは、ぜひ本書で確かめてみてください。
年賀状の文字が、急に意味を持ち始めた
この本を読んでから、身の回りの干支の見え方がまるで変わりました。これまでは何気なく書いていた年賀状の「丑」や「申」という文字が、なぜ動物の漢字と違うのか、その背後に千年以上の渡来と変容の歴史があるのだと思うと、一筆一筆が急に重みを帯びてきます。神社で見かける十二支の彫刻も、以前はただの装飾でしたが、今は「これは中国の暦と日本の信仰が出会った痕跡なのだ」と立ち止まって眺めるようになりました。先日、友人に「なぜ猿は申と書くの」と聞かれたとき、以前なら答えに詰まっていたところを、十二支がもともと時間の性質を表す記号で、動物は後から結びついたのだと話せたのです。何気ない年中行事が、自分の足元に続く長い時間とつながっている——その実感が、日々の暮らしに静かな奥行きを加えてくれたのです。
知らないままだと、毎年すれ違い続ける
この本に出会わなければ、私はこれからも毎年やってくる干支を、意味も知らぬまま受け流していたはずです。著者の武光誠さんは東京大学文学部国史学科を卒業し、同大学院で博士課程を修めた文学博士で、明治学院大学教授を務めた日本古代史の専門家です。長年この分野を研究してきた人だからこそ、断片的な雑学ではなく、中国から日本への大きな流れとして干支を語ることができます。自分も干支を分かったつもりでいるのではないか——そう感じた方にこそ開いてほしい一冊です。