ウソはすべて悪いものだと思っていた
ウソは人を傷つけ、信頼を壊すもの。だから一切つくべきではない。私はずっとそう信じて生きてきました。誰かが小さなウソをついているのに気づくと、心の中で密かに減点していたほどです。けれど、その潔癖さは、自分にも他人にもどこか息苦しさを残していました。相手を気づかってとっさに口にした言葉さえ、あとから「あれはウソだったのでは」と自分を責めてしまう。正直であろうとするほど、人との距離がぎくしゃくする。その違和感の正体がわからないまま、ずっとモヤモヤしていたのです。そんなとき渋谷昌三さんの『人はなぜウソをつくのか』を読んで、その思い込みが静かにほどけていきました。
ウソには「善いウソ」がある
本書が示すのは、ウソには悪いウソだけでなく、人間関係をなめらかにする善いウソもある、という視点です。著者は、ウソを善悪のデジタルな判断で切り捨てるのではなく、それが対人関係の中でどう働くかを心理学の観点から丁寧にほどいていきます。相手を思いやってつく小さなウソは、社会という場における潤滑油のような役割を果たしている。そう語る筆致には、人間への温かいまなざしが感じられます。実験結果にもとづいてウソのパターンを紹介し、人がどんなときにウソをつくのかを具体的に解きほぐしていく構成も、読み物として引き込まれます。本書では、人は「うそつき」になることから人間関係を始めるという成長の側面や、無意識ににじみ出るウソのサインの見分け方といった、より踏み込んだ話も展開されている。ある読者は「読み終わって穏やかな優しい気持ちになれた」と書いていました。ウソという言葉につい身構えてしまう人ほど、その肩の力が静かに抜けていく感覚を、ぜひ本書で確かめてみてください。
人の言葉を、少しゆるく受け取れるようになった
この本を読んでから、私の人との接し方が変わりました。以前は誰かの言葉に少しでもほころびを感じると、つい身構えていました。今は、相手が気をつかってくれているのかもしれない、と一拍おいて受け取れるようになっています。先日も、約束を断る友人の少し苦しい言い訳に、以前なら内心で引っかかっていたところを、その気づかいごと笑って受け止められました。きっと無理をして都合をつけようとしてくれたのだろう、と思えたのです。自分自身が、相手を傷つけまいとしてやわらかい言い方を選ぶときにも、もう罪悪感を抱かなくなりました。すべてを正直に言うことだけが誠実さではない、と思えるようになったからです。ウソをすべて悪と決めつけていた頃より、人とのやりとりがずいぶん楽になり、関係のあいだに少しの余白が生まれた気がしています。
知らなければ、ずっと潔癖さに縛られていた
この本に出会わなければ、私はこの先も、自分と他人の小さなウソを責め続けていたはずです。著者の渋谷昌三さんは、目白大学名誉教授の社会心理学者で、しぐさや行動から深層心理を読み解く空間行動学という領域を切り開いてきた研究者です。三百冊を超える著作で人の心の機微を見つめてきた人だからこそ、ウソという厄介なものを、これほど温かく語れるのでしょう。正しくあろうとして少し息苦しさを感じている人ほど、一度この視点に触れてみる価値があります。自分と他人を見る目が、きっと少しやさしくなるはずです。