ナチスの悪は「悪人」による「特別な悪意」によるものだと思っていた
ホロコーストという20世紀最大の人道的犯罪は、特別に邪悪な人間たちによる特別な悪意の産物だと思っていました。アドルフ・ヒトラーをはじめとする指導者たちの歪んだイデオロギーと、それに唯々諾々と従った「弱い大衆」によって引き起こされた——というような理解を持っていたのです。
でもこの本を読んで、ハンナ・アーレントという政治哲学者が「悪の凡庸さ(the banality of evil)」という概念で示した問いの深さに圧倒されました。大量殺戮に加担したのは、怪物ではなく「考えることをやめた普通の人間」だったという洞察が、現代を生きる私たちへの鋭い問いになっています。
この本が、アーレントという思想家と政治哲学そのものへの見方を根底から変えてくれました。
「平凡な人間」こそが最も危険な悪の担い手になりうる
本書は、アーレントの思想と生涯を専門に研究してきた著者が、彼女の生きた時代と思想の全体を解説した中公新書の一冊です。ナチズムの台頭・全体主義の分析・「悪の凡庸さ」概念に至るアーレントの思想の軌跡を丁寧に辿っています。
アーレントがアイヒマン裁判(1961年)を傍聴したとき、彼女が見たのはモンスターではなく、「命令に従い、書類を処理し、自分の仕事を忠実にこなすだけの平凡な官僚」でした。アドルフ・アイヒマンは、ユダヤ人の移送・虐殺に関する事務を担当した人物ですが、その動機に「強烈な悪意」は見当たりませんでした。ただ「考えることをやめた」という点にだけ、その凶悪さの根拠があったのです。
「上から命令された」「自分はただ職務を全うしただけ」——このような言い訳が通じる限り、どんな組織の中でも同様の事態が起きうるという警告が、アーレントの思想の核心にあります。これは歴史の一場面への批判であるとともに、官僚制度・企業組織・軍隊・あらゆる「命令系統を持つ集団」に当てはまる普遍的な問いでもあります。本書にはさらに、アーレントの政治哲学全体と、現代における全体主義の危険性への考察についても詳しく論じられています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「自分で考えること」の重要性が別の重さを持つようになった
この本を読んでから、組織の中で「上の指示だから」「みんなそうしているから」という理由で何かをすることへの感度が変わりました。
「自分で考えること」を放棄したとき、人間は意図せず悪に加担する可能性があるという事実は、哲学の問いでありながら、日常の仕事・組織・社会の中に常に存在しています。アーレントの洞察は、20世紀ドイツの問いであると同時に、現代を生きる私たちへの問いでもあります。
アーレント研究者が読み解く「戦争の世紀」の政治哲学
アーレントの思想と生涯を専門に研究してきた著者が、彼女の時代と思想の全体を解説した中公新書の一冊です。「悪の凡庸さ」という概念が現代に投げかける問いが、鮮やかに伝わってきます。
この本を読まなければ、ナチスの悪を「特別な悪意による例外的な出来事」と受け取ったまま、「考えることをやめた普通の人間」こそが最も危険だというアーレントの洞察を知らずにいたと思います。