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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「保守」を名乗る人ほど、保守を知らないのかもしれない

保守とは「昔ながらのものを守る人たち」だと思っていた

保守という言葉を、私はずっと単純に捉えていました。伝統を重んじ、変化を嫌い、古いものを守ろうとする立場。テレビやSNSで飛び交う「保守か、リベラルか」という対立を眺めながら、なんとなくどちらかの陣営に旗を立てておけばいいのだろうと思っていました。けれど、その分け方で世の中を眺めるほど、議論はかみ合わず、言葉ばかりが空回りしていく。自分がどの立場に立っているのかさえ、本当はよくわかっていない。その居心地の悪さの正体を、この本は丁寧にほどいてくれます。

保守とは、歴史の長い射程で物事を考える「態度」だった

本書が問い直すのは、政治的なスローガンとして安易に消費される「保守」という言葉に、本来どれだけの思想的な重みが込められていたのか、という点です。著者は近代日本の思想史をさかのぼりながら、保守とは特定の党派や主張ではなく、目先の流行に流されず長い歴史の射程で物事を考えようとする「態度」そのものだと位置づけ直していきます。SNSで「保守」と「リベラル」が罵り合うとき、その言葉はもはや中身を失った旗印にすぎません。けれど本来この言葉が背負っていた思想の厚みを取り戻したとき、対立の風景はまったく違って見えてくる。混迷と不確実さの時代に、私たちが自分自身の像をどう描き直せるのか——本書ではこの問いを軸に、日本という国の自画像を組み立て直す試みが展開されます。福沢諭吉の『文明論之概略』を現代語訳した著者ならではの、難解になりがちな思想を現代の言葉に引き寄せる手つきが随所に光り、読み進めるほどに「知性とは何か」という、より深い問いへと連れていかれます。

レッテルを貼る前に、考える時間が生まれた

この本を読む前、私はニュースを見るたびに、発言した人を「こっち側」「あっち側」と反射的に振り分けていました。そうすると話の中身を吟味する前に賛否が決まってしまう。同じ内容でも、味方が言えば頷き、敵が言えば反発する。自分でも、それが思考と呼べないことには薄々気づいていました。けれど「保守とは態度である」という視点を得てから、その振り分けの手がいったん止まるようになりました。この人はどんな歴史の文脈でこう言っているのか、と一拍おいて考える余裕が生まれたのです。先日も友人と政治の話になったとき、すぐに賛否を返さず「それはどういう前提から出てくる考えなのか」と問い返している自分がいました。SNSのタイムラインが、敵か味方かを判定する場ではなく、それぞれの思考の背景を読み解く対象に変わっていく。世界が急に立体的に見え始めた感覚がありました。

知性を取り戻さないまま、言葉に流されていた

この本に出会わなければ、私はこれからも「保守」「リベラル」という記号を雑に使い、わかったつもりで議論の表面をなぞっていたはずです。著者の先崎彰容は1975年生まれ、日本大学危機管理学部教授で、近代日本思想史を専門とする研究者です。福沢諭吉をはじめとする近代日本の思想を深く掘り下げてきた人だからこそ、流行語と化した言葉の奥に眠る本来の意味を掘り起こすことができます。誰もが手早く立場を表明し、すぐに敵と味方を見分けたがる時代に、あえて立ち止まって言葉の重みを問い直す。自分の主張を声高に叫ぶ前に、その言葉が何を背負ってきたのかを知る。そんな知性の使い方を、本書は静かに、けれど揺るぎなく促してきます。

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知性の復権:「真の保守」を問う (新潮新書 1105) 先崎 彰容 / 新潮新書

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