脳の機能は「一度失われたら戻らない」と思っていた
脳梗塞や脳の損傷で失われた機能は、リハビリで多少改善しても、半年ほどで頭打ちになる。そこから先は受け入れて生きていくしかない。なんとなく、私はそう思い込んでいました。脳は繊細で取り返しのつかない臓器だというイメージがあったからです。けれど、その理解のままでいると、身近に脳の病気を抱えた人がいたとき、どこかで「もう諦めるしかない」という冷たい結論に流されてしまいます。本書を読んで、その思い込みは大きく揺さぶられました。脳は、半年どころか何年もかけて、ゆっくりと回復していく可能性を秘めていたのです。
「見えない障害」の内側から書かれた、生々しい記録
著者は41歳で脳梗塞を発症し、命の危険を脱したあとに「高次脳機能障害」という見えにくい障害と向き合うことになった当事者です。本書で語られるのは、レジで小銭が数えられない、人混みをまっすぐ歩けない、視線をうまくコントロールできない、会話が続かない、わけもなく号泣してしまう——そんな日常の細部です。歩けるし話せる。だから一見すると回復したように見える。けれど本人の中では、当たり前にできていた無数の小さな動作が、ことごとく難しくなっている。外見からはまったく分からないために周囲に理解されにくいこの障害を、著者は自分の内側から具体的に描き出していきます。そして本書が伝える最も重要なことの一つが、多くの患者が「回復は半年が勝負で、そこから先はあまり期待できない」と説明を受けるなか、実際には五年、十年という長い時間をかけて機能がゆっくり戻っていく実感です。どんなリハビリや日々の工夫がその回復を支えたのか、より踏み込んだ記述が本書には続いています。闘病記でありながら湿っぽくなりすぎないよう、ユーモアを失わない筆致で綴られるその続きを、ぜひ本書で確かめてみてください。
「回復」という言葉の重みが、変わった
この本を読む前は、脳の障害という言葉を聞くと、反射的に「もう元には戻らない」と身構えていました。もし身近な人が倒れたら、どこかで早々に諦めの構えを取ってしまっていたかもしれません。けれど今は、たとえ時間がかかっても、脳が少しずつ自分を取り戻していく道があるのだと考えられるようになりました。たとえば、病気の後にうまく言葉が出てこない人を前にしても、以前なら「変わってしまった」と距離を置いていたところを、今は半年や一年でなく数年単位でその人を見守ろうと思えるようになったのです。長い時間軸でその人の回復を信じて待つことの意味が、初めて自分のこととして腑に落ちました。「治らない」と「時間がかかる」は、まったく別のことなのだと知ったのです。
知らないままでいたら、回復の可能性を見落としていた
この本に出会わなければ、私は脳の障害を「半年で終わるもの」と思い込んだまま、回復という言葉の本当の幅を知らずにいたはずです。著者は前作『脳が壊れた』でも自らの闘病を綴ってきたノンフィクションライターで、当事者でありながら状況を冷静に言語化できる稀有な書き手です。だからこそ、医学書でも他人事の報告でもない、内側から見た回復の手触りがここにあります。脳の病気を「もう戻らないもの」と諦めかけている方こそ、この本が示す希望に触れてみてほしいと思います。