← ブックフィード 新書嫁 PR

新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「トルコの脅威」に怯えた末に、ヨーロッパは生まれた

ヨーロッパはずっと世界の中心だったと思っていた

世界史というと、古代ギリシャ・ローマがあり、ルネサンスがあり、大航海時代を経て近代ヨーロッパが世界をリードしていく――そういう一本道の物語だと、長いあいだ私は信じていました。オスマン帝国は、その地図の片隅に「いつか滅びる東方の大国」として置かれているだけの存在だと思っていたのです。けれどこの見方には、どこか落ち着かないものがありました。なぜヨーロッパだけが特別に近代化できたのか、その本当の理由が、いつも説明されないまま宙に浮いている感覚があったのです。新井政美著『オスマンVS.ヨーロッパ』を読んで、その霧が晴れました。

「トルコの脅威」がヨーロッパという意識を作った

この本が示すのは、ヨーロッパという一体感そのものが、オスマン帝国への恐れの中から立ち上がってきたという視点です。本書のプロローグは、誰もが知るモーツァルトの「トルコ行進曲」から始まります。あの軽やかな旋律の背後には、ウィーンの城壁にまで迫ったオスマン軍への、ヨーロッパ人の生々しい恐怖と憧れが刻まれていた――そう説かれると、聞き慣れた曲がまったく違う響きを帯びてきます。エピローグでは、その「トルコ軍楽」が時代とともにどう変容していったかまでが追われ、音楽という身近な題材が歴史の鏡として浮かび上がります。さらに本書では、オスマン帝国が「トルコ人だけの国」でも「イスラムの単一国家」でもなく、多くのキリスト教徒を内に抱えた、当時としては先進的な宗教的寛容と中央集権を備えた帝国だったことが具体的に描かれます。十字軍が幾度も組織された「イスラムの脅威」の内側に、実はさまざまな信仰の人々が共存していたという事実は、単純な対立図式を静かに揺さぶります。震えあがった側だったはずのヨーロッパが、その脅威への対抗を通じてかえって結束し、近代化を促されていった――この逆転の構図は、本書の章を追うごとにより深く展開されていきます。

強い相手の存在が、自分の輪郭を決めるという発見

この本を読む前、私は「ヨーロッパが進んでいたから世界をリードした」と、結果から原因をなぞるように考えていました。読んだ後は、ニュースで国際情勢を見るときの目が変わりました。ある勢力が結束していくとき、その内側の理想や正義だけでなく、外側にある「恐れている相手」の存在が、その輪郭を決めているのではないか――そう考えるようになったのです。地図を眺めても、これまでただの境界線だった場所が、互いに相手を意識しあった緊張の跡に見えてきます。東欧やバルカン、地中海の歴史が、ヨーロッパとオスマンが押しあった接点として一本につながって見えてくる感覚は、これまでばらばらに覚えていた出来事が一つの文脈で腑に落ちる体験でした。世界史が、勝者が一方的に進んだ物語ではなく、隣りあう力が押しあいながら互いを作りあった物語として、立体的に見えるようになりました。

知らないままなら、半分の世界史を生きていた

この本を読まなければ、私はおそらくこれからも、オスマン帝国を地図の隅に置いたままの、半分だけの世界史を信じて生きていたと思います。著者の新井政美氏は、東京大学で東洋史を学びイスタンブール大学にも在籍した、トルコ近代史を専門とする東京外国語大学名誉教授で、トルコ歴史協会の名誉会員でもあります。長年この地域を研究してきた人だからこそ書ける、当事者の視点に立った歴史がここにあります。自分の中の世界地図に、まだ大きな空白があるかもしれない――そう感じた方にこそ、ぜひ本書で確かめてみてください。

この本を手に入れる

オスマンVS.ヨーロッパ (講談社選書メチエ 237) 新井 政美 / 講談社選書メチエ

次の一冊 ── 同じ主題「世界史」

イギリス帝国盛衰史 グローバルヒストリーから読み解く (幻冬舎新書 708) 秋田 茂 / 幻冬舎新書 書評を読む →

← ブックフィードに戻る

オスマンVS.ヨーロッパ (講談社選書メチエ 237) Amazon 楽天