「フェイクニュース」は現代特有の問題だと思っていた
SNSが広まってから、嘘の情報が瞬時に拡散するようになったと感じていました。インターネット以前は情報がゆっくり流れていて、信頼できるメディアが選別して届けてくれていた——そういう牧歌的な過去のイメージを漠然と抱いていました。だからこそ今の「情報汚染」は現代固有の病理なのだと。でも、この本を読んでその認識は根底から覆りました。
100年前にも、まったく同じことが起きていた
本書の著者・佐藤卓己は京都大学名誉教授・上智大学教授であり、サントリー学芸賞・毎日出版文化賞・吉田茂賞受賞、2020年には紫綬褒章を受章した日本を代表するメディア史研究者です。本書は彼が長年研究してきた「流言のメディア史」の集大成で、20世紀の実例を丹念に掘り起こします。
1938年にアメリカで放送されたラジオドラマ「宇宙戦争」は、火星人が地球に侵略してきたという内容で、多くの聴衆がパニックに陥ったとされています。しかし本書はこの「パニック神話」そのものを問い直し、それ自体が誇張された「流言」だった可能性を示します。1923年の関東大震災で広まった流言も、新聞・ラジオという「信頼できるメディア」がいかに情報を歪め、増幅したかを明らかにします。媒体がラジオから新聞へ、新聞からテレビへ、テレビからSNSへと変わっても、流言の構造は変わっていないと本書は言います。本書にはさらに、二・二六事件や戦時中の造言飛語について、当時の情報操作の実態に迫った章があります。ぜひ本書で確かめてみてください。
「昔は良かった」という幻想が消えた
この本を読む前は、SNSのタイムラインで流れてくる怪しい情報を見るたびに「現代は特別に病んでいる」と感じていました。読んだ後は、「これは人間とメディアが出会うたびに繰り返してきたことだ」という感覚に変わりました。憤りが薄れ、代わりに構造的な理解が生まれました。ニュースを見るとき、「これは誰が、どういう意図で流しているのか」という問いが自然と出てくるようになったのです。情報に翻弄される感覚が減り、距離を置いて見られるようになりました。
知らないままでいると、同じ過ちを繰り返す
流言は現代病ではなく、人間社会とメディアの宿命的な関係から生まれるものだと本書は示します。知らないままでいると、「今の時代だから仕方ない」と諦めるか、「誰かが悪意を持ってやっている」という単純な犯人探しに終わります。しかし歴史を知れば、構造を知ることができる。著者が指摘する「あいまい情報に耐える力」こそが現代のリテラシーだという言葉は、100年分の事例を積み上げた研究者だからこそ重みを持ちます。