「日本語は万葉集の時代から本質的に変わらず続いてきた言語だ」とずっと思っていた
日本語はひらがな・カタカナ・漢字を使う言語として、古くから連続して受け継がれてきたという感覚がありました。文法の変化はあっても、日本語の「核」は変わらないという前提がありました。万葉集や源氏物語は難しい古語で書かれていますが、それは「古い形の日本語」であり、「日本語という言語」として連続しているという理解でいました。
でも、「係り結び」という文法が古文にはあるのになぜ消えたのか、現代語で「〜です・ます」という敬語がなぜ定着したのかという疑問が、古文を学ぶたびに生じていました。日本語の変化の「なぜ」に答える言葉を持っていませんでした。
山口仲美著『日本語の歴史』を読んで、その問いへの答えがわかりました。
日本語の歴史は「話し言葉と書き言葉のせめぎ合い」の繰り返しだった
著者が本書で示す核心は、日本語の歴史が「話し言葉」と「書き言葉」のせめぎ合いという一貫した力学によって動いてきたという事実です。奈良時代に漢字と出会い、中国語の文法で書く「漢文」と日本語の発音を漢字で表す「万葉仮名」が共存した時代から、平安時代のひらがな・カタカナの誕生、鎌倉・室町時代の係り結びの消滅、江戸時代の江戸言葉の誕生、明治の「言文一致運動」——日本語は常に「実際に話されている言葉」と「書かれる規範的な言葉」の間の緊張の中で変容してきました。
特に印象的なのは、「係り結び」がなぜ消えたかという問いへの答えです。古文で「ぞ・なむ・や・か」という係助詞が「こそ」以外で連体形で結ばれる係り結びの規則が、口語では使われなくなり書き言葉にも徐々に使われなくなった——この変化の経緯が、「話し言葉の変化が書き言葉を変える」という日本語変化の原動力を鮮明に示します。本書にはさらに、明治の言文一致体が生まれるまでの苦闘の歴史と、現代日本語がどのように作られたかが詳しく語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
古文を学ぶときの「なぜ」への答えが見つかるようになった
読む前と後で、日本語への向き合い方が変わりました。以前は古文の文法を「規則として覚えるもの」として受け取っていました。でも今は、「なぜこの文法がこの時代に生まれたのか、なぜこの表現は消えたのか」という問いを持ちながら読むようになりました。
具体的には、漢文と仮名文字が共存する奈良時代の文献を見るとき、「中国語と日本語の間でどのような葛藤があったのか」という問いが浮かびます。また、明治の小説家たちが「言文一致」という課題と格闘した歴史を知ると、現代語の「〜である・だ」体や「〜です・ます」体が当然のものではなく、作家たちの苦闘の末に定着したものだという認識が生まれます。日本語を「与えられたもの」から「作られてきたもの」として見ることで、言葉への意識が変わりました。
日本語学の第一人者が、1000年以上の変遷を平易に描いた
山口仲美(1943年生まれ)はお茶の水女子大学卒業、東京大学大学院修士課程修了後、埼玉大学教授として日本語学(日本語史・擬声語研究)を専門としてきた研究者です。「犬は『びよ』と鳴いていた」などの著作でも知られる著者が、奈良時代から現代まで日本語の変遷を一冊に凝縮した本書は、日本語の歴史への最良の入門書として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、日本語を古来変わらない言語として受け取ったまま、話し言葉と書き言葉のせめぎ合いが日本語を変え続けてきた1000年の歴史と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。