「神道は日本人が古来から持つ独自の宗教であり、仏教とは別の独立した伝統として存在してきた」とずっと思っていた
日本の宗教というと、神道と仏教という二つの流れがあり、それぞれ独自の歴史を持ちながら共存してきたという理解がありました。神社は神道のもの、お寺は仏教のもの——そのような区分けを自明のものとして受け取っていました。「古来の日本精神」としての神道というイメージも、どこかで刷り込まれていました。
でも、神社の境内にお寺があったり、仏像と神像が同じ場所に祀られていたりする「神仏習合」の歴史的な事例に触れるたびに、「これはどういうことなのか」という疑問がありました。明治の「廃仏毀釈」で二つが分離されたというのは知っていても、それ以前の神仏関係がどのようなものだったのか、説明する言葉を持っていませんでした。
末木文美士著『日本宗教史』を読んで、その疑問の正体がわかりました。
日本の「神」は仏教以前から独立していたのではなく、仏教との接触の中で形成された
著者が本書で示す核心は、日本の「神」は「古来不変の日本精神」として仏教以前から独立して存在したのではなく、仏教という圧倒的な外来文明との交渉(神仏習合)の中でこそ、その独自性が自覚され変容・形成されてきたという事実です。7世紀末から8世紀初頭(天武・持統朝)を、文献的な「古層」が形成された最大の画期として位置づける著者の分析は、「記紀神話はその時代に整備された神話である」という視点を与えます。
古代の神仏習合、鎌倉仏教、キリシタンとの接触、江戸時代の国学、明治の廃仏毀釈と国家神道の形成——本書は古代から近代まで、「仏教の浸透と神々」「神仏論の展開」「世俗と宗教」「近代化と宗教」という四つの時期に分けて、日本宗教の動態的な歴史を描きます。「日本人は宗教に淡泊だ」という通説も、この歴史的文脈から全く違う意味を持って見えてきます。本書にはさらに、近代宗教と戦後の新宗教運動の歴史が詳しく語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
神社やお寺を見る目が根底から変わった
読む前と後で、日本の宗教的な場所への向き合い方が変わりました。以前は神社と寺社を「独立した別々の宗教の施設」として受け取っていました。でも今は、「この場所にはどのような神仏習合の歴史があるのか」という問いを持つようになりました。
具体的には、旅先で神社を訪れるとき、「この神社はどの時代にどのような仏教的影響を受けたのか」「境内の石仏や塔は神仏習合の名残ではないか」という視点で見るようになりました。また、「日本人の宗教観は節操がない」という言い方をされることへの違和感が解消されました。神と仏が共存し、お正月は神社、お盆は寺、結婚式は教会という日本人の宗教的な振る舞いは、「信仰の薄さ」ではなく、長い神仏習合の歴史が作り出した独自の宗教文化の表れだという理解が生まれました。
国際日本文化研究センター名誉教授が、「古来不変の日本精神」という神話を歴史で解体した
末木文美士(1949年生まれ)は東京大学大学院博士課程修了後、東京大学文学部教授を経て国際日本文化研究センター名誉教授として仏教学・日本思想史を専門とする研究者です。長年の研究の蓄積を新書という形式で一般読者に開いた本書は、日本宗教史を「固定した日本精神の探求」ではなく「動態的な変容の歴史」として描いた入門書として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、神道を仏教以前から続く日本固有の宗教として受け取ったまま、「神」が仏教との接触の中で形成された歴史という本質と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。