「鍼灸は現代医療で対処できないときに試す民間療法であり、科学的根拠が薄く効果は気休めに近い」とずっと思っていた
体の不調があれば病院へ行き、薬や手術で対処する——現代医療が「本物の医療」であり、鍼灸のような東洋医学は補完的な存在だという感覚がありました。「鍼灸で良くなった」という話を聞いても、プラセボ効果や自然回復を鍼灸の効果と混同しているのではないかという疑念がありました。現代医療の薬理学的な作用機序とは異なる「経絡」「気の流れ」という概念を、科学的でないと感じていました。
でも、「現代医療が得意なこととそうでないことがある」という感覚が、経験の中で少しずつ生まれていました。慢性的な痛みや不定愁訴に対して、薬で症状を抑えることと、何かを根本から変えることは違う——その違いの言語化ができないままでいました。
松田博公著『鍼灸の挑戦』を読んで、その感覚に言葉が与えられました。
はりと灸は「症状を抑える」のではなく「身体が自分を治す力を引き出す」という医療の別の原理だった
著者が本書で示す核心は、鍼灸がプラセボでも民間療法でもなく、「自然治癒力を引き出す」という西洋医学とは根本的に異なる医療原理に基づいているという事実です。西洋医学が「外から何かを加えて症状を取り除く」アプローチをとるのに対し、鍼灸は「身体が本来持っている回復力を妨げているものを取り除き、その力を引き出す」アプローチをとります。
著者は元共同通信社の編集委員として5年間、北海道から九州まで100人近くの鍼灸師のもとを訪れた記録から本書を書いています。名人と呼ばれる鍼灸師たちの実践と思想を通じて、「はりと灸というシンプルな道具で万病に対処する」という言葉の意味が具体的に浮かび上がります。慢性疾患・神経系の問題・自律神経の乱れ——これらに鍼灸が効果を発揮するメカニズムが、実践者の言葉を通じて語られます。本書にはさらに、日本各地の鍼灸師の思想と技法の多様性が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「医療とは何か」という問いへの見方が根底から変わった
読む前と後で、医療への向き合い方が変わりました。以前は「効果を証明できる医療が本物の医療だ」という一元的な基準を持っていました。でも今は、「何を目標にした医療か」という問いを先に立てるようになりました。
具体的には、慢性的な不調に対して「症状を抑える治療」と「身体の回復力を引き出す治療」は、目的が異なるという視点を持つようになりました。症状を数値で抑えることが医療の唯一の目標ではなく、「身体が自然に戻ろうとする力を妨げているものを取り除く」という発想が、健康への別のアプローチを示しています。鍼灸の是非を超えて、「治療とは何か」「身体とはどのように機能するのか」という問いへの視野が広がりました。自分の身体の声を聞く習慣が、体調の変化に対して以前より早く気づくようになった感覚もあります。
共同通信社の編集委員が5年間・100人取材して書き上げた、鍼灸の実力を問う一冊
松田博公(1945年生まれ)は共同通信社編集委員として活躍した後、鍼灸ジャーナリストとして日本鍼灸の実践と思想の記録に生涯を捧げた著者です。本書は出版から5年で9刷・約4万部を記録し、医道の日本社主催の間中賞を受賞した、鍼灸書籍として異例の反響を呼んだ一冊です。取材者の目と実践者への深い敬意が融合した本書は、鍼灸を知らない読者が自然治癒力という医療の別の原理と出会う最初の一冊として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、鍼灸を民間療法として距離を置いたまま、「自然治癒力を引き出す」という西洋医学とは根本的に異なる医療の原理と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。