「読書は好きな本を好きなペースで読むものであり、それ以上の方法論は必要ない」とずっと思っていた
本は楽しむためのものであり、難しい部分があれば飛ばせばいい、義務感で読む必要はない——そういう感覚で読書をしていました。読書が「力」になるとか、「訓練が必要」という発想は窮屈に感じていました。読んだ量よりも質が大切で、一冊を深く読めばそれでいいという自分なりの方針を持っていました。
でも、「あれほど本を読んだのに、なぜ人に上手く伝えられないのか」「読んだ内容が頭に残らない」という感覚が繰り返しありました。何かを「読んだ」という事実と「自分のものになった」という実感の間の溝が、縮まらないままでいました。
齋藤孝著『読書力』を読んで、その溝の正体がわかりました。
「読書力」とは「精神的な緊張を持って読む」習慣から生まれる知的体力だった
著者が本書で示す核心は、読書とは単なる情報収集ではなく「精神的な緊張を持って思考し続ける行為」であり、その訓練を積み重ねることで「知的体力」が身につくという事実です。難しい箇所に出会ったとき飛ばさずに向き合い続ける「累積的な読書」——これが読書力の本質であり、楽なところだけ読む習慣とは根本的に異なります。
著者は文庫本100冊・新書50冊を一つの目安として挙げます。これは量を競う話ではなく、「精神的な緊張の場数を踏む」という意味でのトレーニングです。読書は「自分を作る行為・鍛える行為・広げる行為」であり、読んだ言葉が思考と感情を豊かにし、コミュニケーションの質を変えていくというのが著者の主張です。読書で得た語彙と発想が日常の会話や文章に反映されるとき、「読書力」が「表現力」として機能し始めます。本書にはさらに、読書力を高めるための具体的な四つのステップと、身につけておきたい本の選び方が語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「本を読んでもあまり変わらない」という感覚が根底から変わった
読む前と後で、本を読むときの姿勢が変わりました。以前は「難しい部分があれば後で戻ってくるか飛ばせばいい」と思っていました。でも今は、「この難しい部分と向き合うことが読書力を鍛える場面だ」という感覚を持つようになりました。
具体的には、理解しにくい箇所に出会ったとき、「なぜここが理解できないのか」を問いながら何度か読み返す習慣が生まれました。その積み重ねが、日常の文章を読むときの速さと深さを変えていくことが、少しずつ実感できるようになりました。また、読んだ内容を誰かに話す「アウトプットの意識」を持つと、読みながらの注意の向け方が変わり、本の内容が記憶に残るようになりました。読書を「楽しむ」と「鍛える」は対立しないという感覚が生まれたことで、本に向かう姿勢が変わりました。
「声に出して読みたい日本語」シリーズで300万部超のヒットを飛ばした著者が、読書の本質を問い直した
齋藤孝(1960年生まれ)は明治大学文学部教授として教育学・身体論・コミュニケーション論を専門とし、「声に出して読みたい日本語」シリーズをはじめ多数のベストセラーを持つ著者です。新潮学芸賞受賞の研究者でもあります。「読書力」という概念を打ち出した本書は、情報消費としての読書ではなく「自分を作る読書」の意義を問い直す一冊として今も読み継がれています。
この本を読まなければ、好きなように気楽に読むことを読書と思ったまま、精神的な緊張を持って読む行為が知的体力を鍛えるという読書の本質と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。