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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「原発事故は個別の技術ミスだ」という思い込みが、事故が繰り返される構造的な原因を見えなくしていた

「原発事故は個別の人為ミスや技術の不具合によるものだ、対策を強化すれば防げる」とずっと思っていた

原子力発電所で事故が起きるたびに「作業員のミス」「設備の老朽化」「管理体制の甘さ」という説明が出てきます。その都度「再発防止策」が発表され、次は大丈夫だろうという感覚が生まれます。個別の事故には個別の原因があり、それを一つひとつ取り除いていけば、原発は安全に運用できるという前提が自分の中にありました。

でも、1986年チェルノブイリ、1999年東海村JCO臨界事故、そして2011年福島第一原発事故——なぜ同じような「想定外」が繰り返されるのかという問いが、ずっと解消されませんでした。個別の対策を積み重ねても事故が繰り返されるのはなぜなのか、その問いに答える言葉を持っていませんでした。

高木仁三郎著『原発事故はなぜくりかえすのか』を読んで、その問いへの答えがわかりました。

「議論なし、批判なし、思想なし」という構造が、事故を必然的に生み出していた

著者がJCO臨界事故(1999年)を詳細に分析して導き出した結論は、日本の原子力産業が「議論なし、批判なし、思想なし」という体質を持っているという事実です。技術者が「なぜこの技術を使うのか」「どのようなリスクがあるのか」を問う文化がなく、上から与えられた手順を疑わずに実行する職業倫理が形成されている——これが、技術的なミスではなく構造的な問題として事故を生み出し続けているというのが著者の診断です。

本書の章立て「放射能を知らない原子力屋さん」「個人の中に見る『公』のなさ」「隠蔽から改ざんへ」は、原子力産業の問題が個人の過失ではなく組織的・文化的なものであることを示します。技術者が専門知識を自分の職業倫理として持たず、組織の論理に従って動く——この構造が温存される限り、どれだけ設備を改善しても事故は繰り返されます。本書にはさらに、技術者像の変貌と、これからの科学技術と人間のあり方への著者の考察が詳しく語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「再発防止策が発表された」というニュースの見方が変わった

読む前と後で、原子力や産業事故のニュースへの向き合い方が変わりました。以前は「再発防止策が発表された」「原因が究明された」という言葉で事故が処理される流れを、それほど疑わずに受け取っていました。でも今は、「何が改善されたか」よりも「組織の議論する文化と自己検証の能力が変わったか」を問うようになりました。

具体的には、事故後の記者会見で担当者が「再発防止に努めます」と述べるとき、「この組織に技術者が本音で問いを発せられる文化があるのか」という問いを持つようになりました。技術的な対策は見えやすいですが、「批判が言える組織文化」は数字で示されません。その見えにくい部分こそが事故の再発可能性を決めるという認識が生まれました。原発に限らず、医療・建設・航空などの技術系組織の問題を見るときにも、この視点は生きています。

遺作となった本書で、闘病しながら原発事故の構造を書き残した

高木仁三郎(1938〜2000年)は東京大学理学部で核化学を修め、原子力資料情報室代表として長年にわたり核技術の問題を市民に伝え続けた科学者です。1997年にライト・ライブリフッド賞(「もうひとつのノーベル賞」)を受賞し、2000年に前立腺がんで亡くなりました。本書は闘病中に書き上げた遺作であり、「事故は繰り返す」という予言は2011年の福島第一原発事故によって現実となりました。

この本を読まなければ、原発事故を個別の技術ミスとして受け取り続け、「議論なし・批判なし・思想なし」という構造的原因が事故を必然的に生み出しているという本質と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書 新赤版 703) 高木 仁三郎 / 岩波新書 新赤版

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