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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「市場に任せれば効率的に分配される」という思い込みが、医療・教育・自然環境を市場に渡してはいけない理由を見えなくしていた

「市場の競争が資源を最も効率的に配分する。医療や教育も市場原理で改善できるはずだ」とずっと思っていた

規制緩和・民営化・市場競争の導入——これらが社会をより効率的にするという主張を、なんとなく正しいと受け取っていました。医療費の無駄を減らすなら競争を導入する、教育の質を上げるなら選択肢を広げる——そういう論法に違和感を覚えながらも、反論する言葉を持っていませんでした。「市場原理に任せることへの批判」は感情論に見えてしまい、経済学的に筋の通った対案があるとは思っていませんでした。

でも、医療や教育が「商品」として扱われることへの違和感は消えませんでした。病気になった人が「消費者」として医療サービスを選ぶというモデルに、何かが根本的におかしいという感覚はありました。その「おかしさ」を経済学の言葉で説明できないままでいました。

宇沢弘文著『社会的共通資本』を読んで、その感覚に言葉が与えられました。

大気・森林・医療・教育は「社会的共通資本」であり、市場原理の論理には委ねられない

著者が本書で提唱するのは「社会的共通資本」という概念です。自然環境(大気・森林・河川・土壌)、社会的インフラ(道路・交通機関・上下水道・電力)、制度資本(教育・医療・司法・金融)——これら三つの範疇は、豊かで安定した社会の基盤として市民全員が共有するものであり、市場原理や官僚的な統制ではなく、専門家の職業的倫理と規律によって管理・運用されなければならないと著者は論じます。

特に印象的なのは、医療を例にとった議論です。患者は医療の専門知識を持たないため、医者と対等に「サービスの価値」を判断できません。この情報の非対称性があるかぎり、医療を市場取引として扱うことは必然的に患者の不利益につながります。同様の構造が教育・自然環境・金融にも当てはまる——この論理は、市場原理への批判を感情論から切り離して、経済学の言葉で語る視点を与えてくれます。本書にはさらに、農業・都市・地球環境という具体的なテーマに即した社会的共通資本の議論が展開されます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「効率」という言葉への向き合い方が根底から変わった

読む前と後で、政策や社会問題の議論を聞くときの視点が変わりました。以前は「この改革は効率的か非効率か」という問いを軸に判断していました。でも今は、「これは社会的共通資本に属するものか、そうでないものか」という問いを先に立てるようになりました。

具体的には、医療費の議論や教育の民営化議論を聞くとき、「効率化のために市場に任せる」という主張に対して、「医療・教育は市場原理が適用できない構造を持っている」という反論の根拠を持てるようになりました。規制緩和を全面的に支持するわけでも全面的に否定するわけでもなく、「何は市場に任せられて何はそうでないか」を区別して考えられるようになったことで、社会問題への向き合い方に具体的な軸が生まれました。

文化勲章を受けた東大名誉教授が、経済学で人間的な社会を設計した

宇沢弘文(1928〜2014年)は東京大学名誉教授として経済学を研究し、1997年に文化勲章を受章した日本を代表する経済学者です。シカゴ大学でも教鞭をとり、水俣病問題をきっかけに「自動車の社会的費用」などの研究を通じて市場経済の外部不経済を問い続けました。経済学の厳密な論理で「市場に任せてはいけないもの」を定式化した本書は、経済学と社会政策を考える上で今も基本文献として読み継がれています。

この本を読まなければ、市場原理の効率性への疑問を感情論のまま持ち続け、社会的共通資本という概念が与える「何を市場に委ねてはいけないか」という経済学的な答えと向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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社会的共通資本 (岩波新書 新赤版 696) 宇沢 弘文 / 岩波新書 新赤版

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