「江戸時代とは封建制度に縛られた暗黒の時代であり、明治維新がそこから日本を解放した」とずっと思っていた
江戸時代は身分制度が厳しく、農民は重税に苦しみ、鎖国によって世界から孤立した後進的な時代——そんなイメージが自分の中にありました。明治維新によって日本は「文明開化」し、封建制度から近代国家へと脱皮した。江戸は乗り越えるべき過去であり、明治こそが日本の出発点だという感覚がありました。
でも、江戸時代の文化や工芸、出版文化の豊かさを見るたびに、「それほど暗黒の時代だったのか」という違和感がありました。なぜこれほど豊かな民衆文化が、「封建的暗黒時代」と呼ばれる時代に花開いたのか——その疑問への答えを持っていませんでした。
網野善彦著『日本社会の歴史(下)』を読んで、その違和感の正体がわかりました。
「江戸暗黒論」は明治政府が意図的に作り上げたものだった
著者が終章で明かすのは、「農本主義的な日本」「単一民族の日本」「鎖国で孤立した日本」というイメージが、明治政府の歴史教育によって意図的に作り上げられたものだという事実です。明治政府は自らの近代化の正当性を示すために、「それ以前の時代」を否定的に描く必要がありました。江戸時代への蔑視と明治維新への讃美は、歴史の事実ではなく、政治的に構築された歴史観だったのです。
本書が描く16〜18世紀の日本社会は、豊かな商品流通、活発な海外との交流、高度な職人技術を持った社会でした。18世紀ごろには北海道や琉球を含む現在の日本の領域が実質的に形成されていく過程も、戦国から江戸への移行の中に見えてきます。本書にはさらに、室町幕府の時代から戦国・江戸へと続く社会の変容が生き生きと描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「明治以前」への見方が変わった
読む前と後で、近現代史への向き合い方が変わりました。以前は「明治以前」を前近代・後進的なものとして見下す感覚がどこかにありました。でも今は、明治以降の「日本像」が特定の政治的目的のために作られたものだという視点を持てるようになりました。
具体的には、教科書の「明治維新は近代化の出発点だ」という語りを見るとき、「誰がこの物語を必要としたのか」という問いが浮かぶようになりました。江戸の文化・経済・技術の豊かさを知ると、「近代以前=遅れている」という図式が崩れます。歴史観そのものが政治によって作られることへの感度が生まれたことは、現在の社会への批判的な目と直結しています。また、朝鮮・中国への蔑視感情が明治以降に政治的に強化されたという指摘は、日本の近隣諸国との関係を考え直す上でも重要な視点を与えてくれます。
三巻にわたって列島の通史を描いた日本中世史の第一人者が、近代日本の自己欺瞞を明かした
網野善彦(1928-2004)は東京大学文学部卒で、神奈川大学教授を務めた日本中世史・海民史の権威です。本書下巻は三巻本通史の締めくくりとして、室町から江戸を経て現代へと続く流れを描きながら、終章で著者自身の日本史観が語られる構成です。「網野史学」の到達点として、日本社会の歴史像を根底から見直す視座が示されています。
この本を読まなければ、「明治以前は暗黒時代」という明治政府が作り上げた歴史観を疑うことなく、日本社会の豊かな連続性と多様性を見落としたままでいたでしょう。