「日本という国と日本人という民族は、はるか古代から一つの統一した文化の下に存在してきた」とずっと思っていた
日本は単一民族で、古来より固有の文化を持ってきた国だという感覚がありました。縄文や弥生から続く連続した日本文化があり、天皇を中心とした国家の形はずっと変わらないものとして存在していた——学校で習った歴史はそういう物語でした。「日本人らしさ」とは何かを問われるとき、その根拠もその連続性の中にあると思っていました。
でも、アイヌの人々やかつての琉球王国の独自の文化を見るたびに、「一つの日本」という物語と現実の多様性の間に乖離を感じていました。「日本」という国号がいつから始まったのかを問われると、曖昧な答えしか出てこない自分に気づいていました。
網野善彦著『日本社会の歴史』を読んで、その乖離が見るべき問いだったとわかりました。
「日本」は7世紀の危機の中で生まれた——それ以前に「日本人」はいなかった
著者が本書で最初に示すのは、「日本」という国号は7世紀末に定められたものであり、それ以前には「日本」も「日本人」も存在しなかったという事実です。645年の大化のクーデター、そして663年の白村江の敗戦という「最大の国家危機」を契機に、天智朝・天武朝が急速な中央集権化を進め、「日本国」という枠組みを強行した——そう著者は論じます。
本書が描く列島の歴史は、大陸・半島との海を通じた切り離しがたい交流の歴史でもあります。楠船で黒潮を渡った海民、東北に暮らした人々、九州の隼人——列島には多様な地域社会が存在し、「国家」はそれらをせめぎ合いながら取り込んでいきました。弥生・古墳時代は大陸・半島の激動と連動した「首長制」の時代であり、海を舞台とした交流が文化変容を支えていたことも丁寧に示されます。本書にはさらに、中世に向かう列島社会の複層的な展開が続きます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「日本の歴史」の見え方が変わった
読む前と後で、日本史への向き合い方が変わりました。以前は歴史の教科書を「日本というまとまりの物語」として読んでいました。でも今は、「その時点でどんな人々がどんな社会を作っていたか」という問いで読むようになりました。
具体的には、飛鳥時代や奈良時代の出来事を見るとき、「当時の列島で中央集権に組み込まれていない人々はどう生きていたのか」という視点が生まれました。ヤマト王朝の東北への侵略や隼人征服という事実を、従来の「日本史」では「周辺の平定」として語られていましたが、今は「別の社会を国家が取り込んでいく過程」として見えます。その見え方の変化は、現在の日本社会における多様性の問題とも地続きです。「私たちはどこから来たのか」という問いに向き合う、出発点になった一冊です。
「もののけ姫」の歴史観を育てた日本中世史の第一人者が、通史を書いた
網野善彦(1928-2004)は東京大学文学部卒で、日本中世史・海民史の研究者として神奈川大学教授を務めました。宮崎駿の「もののけ姫」にも影響を与えたとされる「網野史学」は、日本を単一民族の国家としてではなく、列島に生きた多様な人々の歴史として問い直す視点で知られています。本書はその集大成として書かれた三巻本通史の上巻です。
この本を読まなければ、「日本は古来よりひとつ」という物語を疑うことなく、列島に生きた多様な人々と社会の複層的な歴史を見落としたままでいたでしょう。