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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「英語の冠詞は名詞を決めてから付けるもの」というその手順が、英語の発想と逆だった

「英語の冠詞は名詞を決めてから付けるもの」だとずっと思い込んでいた

英語を学んできた長い時間の中で、冠詞というのは名詞を書いた後に「これにaを付けるべきか、theにすべきか、あるいは何もいらないのか」と確認するものだと信じていました。名詞が主役で、冠詞はその後から追加する付属品——そう習ってきたし、そう使ってきました。

でも、どこかで「なぜ自分の英語はネイティブに伝わりにくいのか」という感覚が抜けきりませんでした。文法は合っているはずなのに、何かがずれている。単語も文構造も間違っていないのに、どこかぎこちない文になる。その違和感の正体が何なのか、長い間うまく言葉にできませんでした。

マーク・ピーターセン著『日本人の英語』を読んで、その違和感にようやく名前がつきました。

「a」は名詞のアクセサリーではなく、思考の出発点だった

本書が明かす事実はシンプルで、しかし鮮烈でした。英語では、aという不定冠詞が先に存在し、それがカテゴリーの輪郭を定めます。名詞はそのaの後についてくるアクセサリーに過ぎない。日本人が「名詞を決めてからaを付けるかどうか考える」という手順をとっている限り、思考の構造そのものが英語の発想と逆向きになっているのです。

著者が挙げる例が具体的です。"I saw a girl in the park"と"I saw the girl in the park"では、aとtheの違いだけで意味が根本から変わります。前者は「ある一人の女の子を見た」という初出の情報であり、後者は「あの女の子を見た」という共有情報の確認です。この差は単なる文法ルールではなく、話し手がどのような現実の切り取り方をしているかを示す認識の問題です。

さらに本書では受動態の過剰使用、主語の曖昧さ、前置詞の誤りなど、日本語の発想から来る英語のずれが次々と解説されます。それぞれの例文が「あ、自分もこれをやっていた」と思わせる精度で選ばれています。本書にはさらに、日本人が特に陥りやすい語順の問題や、感情表現のぎこちなさについても章が設けられています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

文法の「規則」ではなく「視点」として英語を見るようになった

読む前と後で、英語に向き合うときの姿勢が変わりました。以前は「この名詞にはaが必要か」という確認作業として冠詞を見ていました。でも今は、何かを英語で表現するとき、まず「これは話し手と聞き手の間で共有された情報か、それとも初出の情報か」という問いが先に来るようになりました。

具体的には、会話の中で誰かに何かを説明するとき、theを使うかaを使うかが「その情報は相手にとって既知か未知か」という感覚から自然に決まるようになってきました。以前はルールを参照していたところで、今は場面を見ているという感覚です。文法を適用するのではなく、英語話者が世界をどう切り取っているかを一緒に感じようとする——その姿勢の違いが、英語の使い心地を変えました。

ずっと「文法の練習が足りない」せいだと思っていたが、視点の問題だった

マーク・ピーターセンはアメリカ出身の英米文学研究者であり、明治大学政治経済学部教授として長年教鞭をとってきました。フルブライト奨学生として来日し、日本語にも堪能な著者だからこそ、日本語話者がどこでつまずくかを外側からではなく内側から観察できています。

この本を読まなければ、自分の英語の「何かがずれている感」は、ただの練習不足だと思い続けていたでしょう。問題は練習量ではなく、英語という言語の認識構造を日本語の論理で扱っていたことにありました。

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