戦時の言葉は「遠い時代の別の言語」だと思っていた
ずっと「銃後」「撃ちてし止まむ」「一億一心」といった戦時中の言葉を、今とはまったく別の時代の、特殊な言語として受け取っていました。戦争映画やドキュメンタリーで聞く言葉として、「あの時代の人たちが使っていたもの」として、自分とは切り離された遠い言葉として見ていました。しかしその見方では、なぜあれほど多くの人々がその言葉に動かされたのか、どういう心理のもとで言葉が力を持ったのかが、どこかしっくりきませんでした。
その謎に答えてくれたのが、三國一朗著『戦中用語集』でした。
戦中の言葉は「感情操作の精密な装置」だった
本書はいわゆる用語辞典ではありません。「玉砕」「特攻」「鬼畜米英」「聖戦」——これらの言葉が、いつ、どのように使われ始め、どんな感情・行動を引き出すために機能したかを、著者の体験と取材をもとに記録した一冊です。「玉砕」という言葉が「全員死亡」という現実を覆い隠しながら「名誉の死」として機能したように、戦中の用語は現実を見えなくさせながら感情を動かす精密な装置として設計されていました。
著者の三國一朗は戦中を生き抜いた放送作家・エッセイストであり、テレビ番組「私の昭和史」などを通じて昭和の記憶を記録し続けた人物です。実際にその言葉が使われた場面と、それが人々にどう作用したかを、一語一語丁寧に解説しています。本書にはさらに、戦争の語り方そのものへの問いも含まれており、ぜひ本書で確かめてみてください。
「現代語」の使われ方を見る目が変わった
この本を読んでから、日常の言葉——特に政治やメディアが使う言葉——への感度が変わりました。以前は言葉をそのまま受け取っていましたが、今は「この言葉は何を見えなくさせ、何を感じさせようとしているのか」という問いが浮かぶようになりました。「戦中の言葉は別の時代のもの」という前提が崩れると、言葉の機能を問う習慣が、現代にも有効な武器として機能することがわかりました。
昭和の記憶を記録し続けた放送作家の証言
三國一朗は放送作家・エッセイストとして昭和史の記録に尽力し、「私の昭和史」シリーズなどを通じて戦争体験の継承に取り組み続けました。自らが経験した時代の言葉を丁寧に解剖した本書は、言語と権力の関係を考えるための貴重な一冊です。「戦時の言葉は遠い時代のもの」という思い込みを持ったまま生きていたら、言葉が人間の感情と行動をどう操作するかという問いは、今も遠いままでした。