言葉は「ある日突然話せるようになる」と思っていた
ずっと子どもが言葉を覚えるというのは、ある日突然「ままあ」「ぱぱあ」と言い始め、その後急速に語彙が増えていくものだと思っていました。言語習得は子どもが自然に発達していく過程であり、特別な理解がなくても子どもは勝手に言葉を話すようになる——そんな漠然とした見方をしていました。しかしその見方では、言葉を覚えるのが早い子と遅い子の差がどこから来るのか、あるいは言葉を覚える前の赤ちゃんが何をしているのかが、どこかしっくりきませんでした。
その謎を解き明かしてくれたのが、岡本夏木著『子どもとことば』でした。
言葉が生まれる前から、コミュニケーションは始まっている
本書で岡本夏木が最も力を入れて描くのは、「ことば以前」の世界です。生まれたばかりの新生児は言葉を持たないが、すでに親との豊かなコミュニケーションを行っている——この視点が本書の出発点です。泣き声・まなざし・表情・身体の動き——これらはすべて、言語が成立する前の「コミュニケーションの素地」として機能しています。言葉は「ある日突然」現れるのではなく、この豊かな非言語的コミュニケーションの積み重ねの上に生まれてくるのです。
本書はさらに、音声がシンボルとして機能するようになるプロセス、「自我の形成」と言語習得の深い関係、言葉が子どもの思考をどう方向づけるかという問いへと展開します。1982年の出版ながら、現代の発達心理学の視点からも高く評価され続けている研究です。ぜひ本書で確かめてみてください。
赤ちゃんとの接し方が変わった
この本を読んでから、赤ちゃんや幼い子どもを見るとき、「今どんなコミュニケーションをしているか」という視点が自然に生まれました。以前は言葉を話せない赤ちゃんを「まだ何もわかっていない存在」として見ていた節がありましたが、今は「豊かなコミュニケーションの真っ最中にいる存在」として見えるようになりました。誰かが「子どもはまだ言葉がわからないから」と言うとき、それが少し違うように聞こえるようになりました。
発達心理学の視点が子育ての常識を変える
岡本夏木は京都大学文学部哲学科を卒業後、発達心理学を専門とし、子どもの言語発達研究において日本を代表する研究者の一人として活躍しました。「赤ちゃんはある日突然話し始める」という思い込みを持ったまま生きていたら、言葉が生まれるまでの豊かな時間に、今も気づかなかったと思います。