日本語の文法は感覚で乗り切れると思っていた
ずっと、日本語の「は」と「が」の使い分けは、日本人なら感覚でわかるものだと思っていました。国語の授業で文法を習っても、どこかつまらなく、実際の言葉の感覚とかけ離れた「ルール暗記」のように感じていました。「彼は行く」と「彼が行く」の違いを問われたとき、なんとなく説明できそうな気がするのに、いざ言語化しようとすると言葉に詰まる——そのもどかしさをずっと抱えていました。しっくりこないまま日本語を使い続けていたその感覚の正体を、この本が鮮やかに解き明かしてくれました。
「は」と「が」は「既知」と「未知」を区別していた
著者・大野晋が本書で提示するのは、「は」は「既知」の情報を受け、「が」は「未知」の情報を導くという枠組みです。「象は鼻が長い」という文を例にとると、「象」はすでに話の俎上にある「既知」の存在として「は」で受けられ、「鼻が長い」という「未知」の情報が「が」で導かれます。このたった一つの視点から、日本語のさまざまな「なんとなくそう使う」現象が、見事に整理されていきます。
本書はさらに、文の基本的構造、名詞や代名詞の性格、動詞活用形の起源、「ウチとソト」という日本語特有の社会言語学的な視点にまで分析を広げていきます。古典語と現代語を横断しながら、日本語の全体像に向かう知的な旅がここにあります。本書にはさらに、係り結びの謎が解き明かされる章も含まれており、ぜひ本書で確かめてみてください。
「なんとなく日本語を使っている」感覚が変わった
この本を読んでから、日常の会話の中で「は」と「が」を使うたびに、自分の中で何かが起きているのだという感覚が生まれました。以前は無意識に選んでいた助詞が、今は「この情報は話し手と聞き手のあいだですでに共有されているか」という問いへの答えとして使われていることがわかります。日常の会話が、情報のやり取りとして見えるようになり、「あ、この人は今この話題を「既知」として扱っているんだ」という気づきが、対話を一層豊かにしてくれました。
日本語の秩序は、感覚の向こう側にあった
大野晋は学習院大学名誉教授として長年日本語研究に取り組み、上代仮名遣いの解明から日本語の起源論まで幅広い業績を残した国語学者です。「係り結びの研究」で読売文学賞を受賞し、日本語のなぞを生涯をかけて解き明かし続けました。「感覚でわかる」と思い込んでいた「は」と「が」の背後に、これほど精緻な日本語の秩序が隠れていたとは、この本を読まずにはわからなかったことです。