科学は万能で、未解明のことはいつか解明されると思っていた
「科学的に証明されている」という言葉は、その話が正しいことを意味する——そう理解していました。AIの進歩、遺伝子解析、宇宙の観測と、科学の力は年々広がっています。未解明の問題もいつかは科学が答えを出すだろう、科学の限界は技術の限界であって原理的な限界ではない——そう思っていました。しかし中谷宇吉郎はこの本の冒頭でこう言います。「科学が力強いというのは、ある限界の中での話であって、その限界の外では、案外に無力」と。その一文が、科学への思い込みを最初に揺さぶりました。
科学が扱えない問題がある——その第一の理由は「再現できない」こと
中谷宇吉郎が示す科学の根本的な限界は、「科学は再現可能な現象しか扱えない」という原理です。ある実験を行い、同じ条件を再現すれば同じ結果が得られる——この「再現性」が科学の土台です。しかし自然界には、同じ条件を揃えることができない現象が無数にあります。今日の夕焼けはもう再現できない。1945年8月6日に広島で起きたことは、実験として繰り返せない。歴史・気象・生命の個体差——これらは科学が直接語れる領域の外にあります。
もう一つの限界は「統計の中の個」の問題です。多くの場合、科学は統計的な傾向を予測できますが、その集団の中の特定の個人に何が起きるかは予測できません。「この薬は患者の80%に効果がある」と言えても、「あなたに効くか」は別の問いです。この違いを知らずに「科学的に証明された」という言葉を使うとき、何を言っていて何を言っていないかが曖昧になります。科学がどこで有効でどこで無力になるか、その境界線の詳細については、ぜひ本書で確かめてみてください。
科学への信頼と科学への過信を、はっきり区別できるようになった
この本を読んでから、「科学的に証明されている」という言葉を聞くたびに「何がどういう方法で証明されたのか」を確かめたくなるようになりました。以前は「証明されている」という言葉で思考を止めていたのが、「再現性はあるか」「統計の個か集団か」という問いが自然に浮かぶようになった。
科学を信頼することと、科学を過信することは別のことです。科学が力強い領域では科学を使う、科学が無力な領域では別の判断軸を持つ——そのためにはまず「科学の限界」を知る必要があります。中谷は「科学は人間と自然との共同作業だ」と言います。自然の全てを解明しようとする全能の道具ではなく、人間が自然に問いかけ、自然が答えてくれる範囲で成立する営み——その謙虚な科学観が、この本を読んで身につきました。
世界初の人工雪結晶を作った北大教授・寺田寅彦の弟子
中谷宇吉郎(1900〜1962年)は石川県生まれ。東京帝国大学理学部物理学科卒業後、北海道大学教授として低温物理学を研究し、世界で初めて人工雪の結晶を作ることに成功しました。物理学者・随筆家・寺田寅彦の弟子として知られ、科学の意義と限界を平易な言葉で伝え続けました。本書は1958年の刊行で、理系・文系を問わず手に取れる科学の入門書として六十年以上読み継がれています。
この本を読まなければ、「科学的に証明された」という言葉を無批判に使い続け、科学が何を言えて何を言えないかを一生問えないままだったはずです。科学への正しい信頼は、科学の限界を知ることから始まります。
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