← ブックフィード 新書嫁 PR

新書嫁レビュー ・ 約 3 分

広島の被爆者は「過去の人」ではなかった。大江健三郎が見たもの

広島の原爆は「歴史の出来事」として頭に収まっていた

8月6日になるとニュースで映像が流れ、黙祷をする。それが「広島について考える」ことの全てでした。原爆は1945年の出来事で、終わったことで、今は平和に向かって前進している——その安心感の中に、広島の被爆者の「今」を想像する想像力が欠けていました。被爆者は「過去の人」ではなく、「その後何十年も続く死の宣告を受けながら現在を生きている人」であることを、この本が初めて伝えてくれました。

被爆から18年後の1963年、大江は広島で何を見たのか

大江健三郎が広島を訪れたのは1963年——原爆投下から18年後のことです。そこで彼が見たのは「過去の惨劇の記録」ではなく、今まさに生きている被爆者たちの姿でした。原爆後遺症により数年後・数十年後に突然死の宣告を受ける人々、その傍らで治療を続ける医師たち、悲惨な体験を担いながらも尊厳を持って日常を生きる人間の姿。

本書で大江が強調するのは「悲惨と威厳」という対の言葉です。これほどの悲惨を体験しながら、人間はこれほどの威厳を持てる——その事実こそが、広島から発信されるべきメッセージだと彼は感じました。「反核運動」の政治的文脈で語られがちな広島を、大江は一人一人の人間の顔を持った場所として書き直しました。沖縄ノートへとつながる大江の思想的出発点がここにあります。ぜひ本書で確かめてみてください。

「過去の出来事」が「今も続く現実」として届いた

この本を読んでから、「広島は終わった話だ」という感覚が崩れました。原爆が落ちた1945年で物語は終わっていない。その後数十年、毎年新たな死を迎える人がいる。「8月6日」は過去の特定の日付ではなく、現在まで続くある種の時間のことでした。

大江の文章は感傷的ではなく、観察者として冷静です。だからこそ、感情に訴えるだけの戦争証言と違い、読み終えた後も長く頭に残ります。核兵器とは何か、戦争とは何かを問い直すとき、原爆から直接日時を数えて語られたこの本が、出発点として機能します。「歴史」ではなく「現在」として広島を受け取ることが、この本から始まりました。

ノーベル文学賞作家が若き日に書いた、告発の書

大江健三郎(1935〜2023年)は愛媛県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、23歳で芥川賞を受賞し、1994年にノーベル文学賞を受賞した日本を代表する作家です。文学と政治的発言を結びつけた姿勢で知られ、核兵器廃絶・反戦を生涯訴え続けました。本書は28歳のときに書かれたノンフィクションで、大江が後に続けた沖縄問題・天皇制批判などの社会的発言の原点とも言われています。1965年刊行。

この本を読まなければ、広島を「終わった歴史の出来事」として一生処理し続け、1963年に生きていた被爆者の「今」に想像が届かなかったはずです。

大江健三郎著『ヒロシマ・ノート』、購入はこちらから。

この本を手に入れる

ヒロシマ・ノート (岩波新書 青版 563) 大江 健三郎 / 岩波新書 青版

次の一冊 ── 同じ主題「歴史」

東京大空襲: 昭和20年3月10日の記録 (岩波新書 青版 775) 早乙女 勝元 / 岩波新書 青版 書評を読む →

← ブックフィードに戻る

ヒロシマ・ノート (岩波新書 青版 563) Amazon 楽天