東京大空襲は「昭和史の出来事」として名前だけ知っていた
「1945年3月10日、東京大空襲で約10万人が死んだ」——その数字は知識として頭にありました。しかしそれが何を意味するのか、その夜に下町で何が起きたのかを、肌感覚で想像したことがありませんでした。広島・長崎と違い、東京大空襲の記憶は語られることが少ない。原爆は国際的に問題にされるが、焼夷弾による民間人への無差別爆撃は後景に退いていく——そのことを問い直したのが、自らも被災者である著者でした。
一夜にして8万人が死んだ「史上最大の空爆」の記録
早乙女勝元がこの本に収めたのは、1945年3月10日の夜に下町で体験した生存者たちの証言です。午前0時過ぎから始まった焼夷弾の雨、隅田川に逃げ込んだまま溺死した人々、火の嵐の中で焼け死んだ人々、逃げる先を失って足止めされた人々——その夜の記録は、数字ではなく、名前と顔を持つ人間の声として収められています。
著者が問い続けるのは「なぜ東京大空襲は広島・長崎より語られないのか」という問いです。原爆は物理的な証拠が明確で、国際政治の文脈で問題化しやすい。しかし焼夷弾による無差別爆撃で死んだ民間人の記憶は、「やむを得なかった」という文脈に吸収されやすい。この本は、その吸収を拒否する試みでもあります。戦争被害を語り続けることの意義と困難については、ぜひ本書で確かめてみてください。
「数字」が「声」に変わったとき、歴史が現在になった
この本を読んでから、「10万人が死んだ」という数字の受け取り方が変わりました。証言を読んでいると、その夜に逃げ回った一人一人が今日の自分と同じように、その日の夕方まで普通の生活を送っていたことがわかります。それが一夜で終わった。
現代の戦争報道で「民間人の犠牲者が〇〇人」という数字を聞くとき、その一人一人にこの本で読んだ証言と同じ重さの人生があるはずです。数字を数字として処理することへの抵抗感が、この本を読んでから生まれました。戦争の記録を読むことは過去を懐かしむためではなく、その記憶を現在に持ち込んで今日の出来事と向き合うためにある——この本がそれを示しています。
被災者でもある作家が、記録し続けた証言の書
早乙女勝元(1932〜)は東京都江東区(深川)生まれ。1945年3月10日の東京大空襲を12歳で体験した作家・ノンフィクション作家です。下町文化センター長として東京大空襲・戦災資料センターの創設に尽力し、戦争体験の記録と語り継ぎを生涯の仕事とし続けました。本書は1971年の刊行で、証言者たちへの徹底した取材に基づいた東京大空襲の基本的な記録書として、今日も読み継がれています。
この本を読まなければ、東京大空襲を「8万人が死んだ夜」という数字として処理し続け、その夜を生きた人々の声を聞かないままでいたはずです。数字の向こうにある声を知ると、戦争の意味が変わります。
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