音楽は感覚で楽しむもので、理論は必要ないと思っていた
クラシック音楽を「好きかどうか」で聴いていました。感動する曲もあれば、なんとなく心地よい曲もある。でも「なぜこの部分が美しいのか」「この演奏と別の演奏のどこが違うのか」を言葉で説明できたことはありませんでした。音楽理論というものは演奏家や作曲家が学ぶもので、聴くだけなら知らなくていい——そう思っていた。でも、「知らないまま聴く」のと「理解して聴く」では、見えているものが全く違うことを、この本が教えてくれました。
「静寂」から始まる音楽論があった
芥川也寸志がこの本で最初に語るのは、「静寂と音」の関係です。音楽は音だけでできているのではなく、音と沈黙のコントラストの中にある——この出発点は、音楽を「流れる音の集まり」として受動的に聴いてきた自分の姿勢を根本から問い直させるものでした。
本書は音名・音階・調性という基礎から始まり、リズム・メロディー・速度、そして音程・和声・対位法・形式へと進みます。難解な音楽理論書ではなく、作曲家自身が「なぜ音楽はこう組み立てられているのか」を語る一冊です。短調と長調が違う感情を生む理由、転調が聴く者の感情をどう動かすか——これらを知って聴くと、同じ曲が全く異なる情報量を持って耳に届きます。現代音楽・民族音楽についても触れられており、西洋クラシック以外の音楽観についてもぜひ本書で確かめてみてください。
知ってから聴くと、音楽が立体的になった
この本を読んでから、クラシックを聴くときの解像度が上がりました。ベートーヴェンの第九でクライマックスに向かう転調の緊張感、ショパンのノクターンの装飾音がなぜあそこに置かれているか——以前は「何か心地よい変化」としか感じられなかったものが、「ここで調性が変わっている」「この和音の緊張が解放される」という構造として聴こえるようになりました。
映画音楽でも、怖いシーンでなぜあの音楽が使われるのかがわかるようになりました。不協和音、急激な転調、テンポの変化——これらが感情を操作する技術として意図的に使われていることを知ると、音楽が「感じるもの」から「読み解けるもの」に変わります。知識が感動を損なうのではなく、知識が感動を深める——それを体感させてくれた本でした。
芥川龍之介の三男が書いた、音楽の最良の入口
芥川也寸志(1925〜1989年)は東京生まれ。作家芥川龍之介の三男として生まれ、東京音楽学校(現・東京藝術大学)で作曲を学んだ作曲家・指揮者です。NHK交響楽団の指揮者を務め、映画・テレビ音楽の作曲家としても活躍。クラシック音楽の普及活動に熱心で、「現代の芸術と教育を結ぶ会」などを通じて音楽教育にも尽力しました。本書は1971年の刊行で、作曲家の視点から音楽の構造を平易に語った書物として今日も音楽入門の定番です。
この本を読まなければ、音楽を一生「感覚だけで聴くもの」として消費し続け、その構造の豊かさに触れられなかったはずです。知ってから聴くと、音楽は2倍も3倍も豊かになります。
芥川也寸志著『音楽の基礎』、購入はこちらから。