世界史は「進歩の物語」だと思っていた
歴史は進歩するものだと、なんとなく信じていました。科学が発展し、民主主義が広がり、人権の概念が深まるにつれて、世界は良くなっていくはずだ、と。20世紀は二度の世界大戦で多くの人が亡くなったが、そこから反省を学んで「もう同じ過ちは繰り返さない」方向へ進んでいる——そういう楽観的な歴史観を持っていました。しかしH.G.ウェルズが下巻で描くのは、そのような単純な「進歩史観」を裏切る人類の姿でした。
科学の進歩が、戦争をより残酷にした
H.G.ウェルズが下巻で描く近代から20世紀にかけての歴史は、上巻の俯瞰的な視点を維持しながら、「文明と野蛮の拮抗」という緊張感を帯びています。産業革命は生産力を飛躍的に高めた一方で、都市の貧困と労働者の搾取を生みました。帝国主義の時代、近代国民国家は自国の利益のために他の民族を支配し、「文明化の使命」という言葉でそれを正当化しました。
第一次・第二次世界大戦は、科学技術の進歩が戦争の規模と残酷さをどれほど拡大するかを示しました。毒ガス、爆撃機、核兵器——知識と技術が人類の破壊能力を増幅させた歴史は、「科学の進歩は善だ」という単純な信仰への疑問を投げかけます。ウェルズはこれを書きながら、「人類は理性の力で自滅を防げるか」という問いを持ち続けました。本書の結論と、ウェルズが提示する人類の未来への提言は、ぜひ本書で確かめてみてください。
「進歩」という言葉への疑いが、歴史の見方を豊かにした
この本を読んでから、「社会は進歩している」という確信を疑えるようになりました。テクノロジーは進歩する。しかし人間の制度・道徳・政治が同じ速さで「良く」なっているかどうかは、全く別の問題です。
SNSの発展が民主主義を深めるかと思えば、フェイクニュースと分断を加速させる。AIの進歩が人々を貧困から救うかと思えば、大量失業を招く可能性がある。ウェルズが100年前に観察した「技術の進歩が必ずしも人類の幸福に直結しない」という歴史のパターンは、今日にそのまま当てはまります。「歴史から学ぶ」というのは教訓を暗記することではなく、繰り返されるパターンを見抜く力を養うことだと、この本は示しています。
100年前に未来を見通していたSFの父
H.G.ウェルズ(Herbert George Wells、1866〜1946年)はロンドン生まれ。『タイム・マシン』(1895年)『宇宙戦争』(1898年)などSFの古典で知られる作家でありながら、歴史・社会・政治への深い洞察を持つ知識人でした。本書は1920年の刊行で、世界規模の連帯を呼びかけた「人類の歴史書」として出版直後から世界的ベストセラーとなりました。上巻(人類の起源から十字軍)と合わせて読むことで、地球誕生から20世紀までの人類史を一望できます。
この本を読まなければ、「世界は進歩している」という楽観主義を疑わないまま、技術の進歩と人類の幸福を単純に結びつけ続けていたはずです。人類の長い歴史の中での自分の位置を問う機会をくれる一冊です。
H.G.ウェルズ著(長谷部文雄・阿部知二訳)『世界史概観(下)』、購入はこちらから。