「ムッソリーニはヒトラーと同じ独裁者だが、ヒトラーほどの存在感はなく、ヨーロッパ独裁者の二番手だった」とずっと思っていた
20世紀の独裁者として並べられるのは、ヒトラー、スターリン、ムッソリーニ——その中でムッソリーニは「ヒトラーの同盟者」「枢軸国の脇役」というイメージで、何となく「ヒトラーの後を追った劣化版」のような位置づけで頭に入っていました。ファシズムという言葉はナチスと同義のように使われ、ムッソリーニ独自の思想や政治体制を深く理解する機会はあまりありませんでした。
でも、世界史上「ファシズム」という言葉そのものがイタリア発祥であり、ヒトラーよりも先にムッソリーニが「ローマ進軍」で政権を奪取していたという事実を思い出すと、「劣化版」という位置づけが妙であることに気づきます。先に独裁体制を樹立した本家がなぜ脇役扱いなのか——この問いに答える枠組みがありませんでした。
舛添要一著『ムッソリーニの正体——ヒトラーが師と仰いだ男』を読んで、その問いへの答えが見えてきました。
ファシズムを発明したのはムッソリーニで、ヒトラーは彼を「師」と仰いでナチズムを構築した
著者が本書で示す核心は、20世紀の独裁の典型はムッソリーニであり、ファシズムという思想と政治体制を発明したのは彼であって、ヒトラーはムッソリーニを「師」と仰ぎ、その手法を学んでナチズムを作り上げたという歴史の順序です。1919年のファシスト綱領には、18歳以上全員(女性含む)の参政権、王室上院世襲称号の廃止、8時間労働、富裕者からの土地収用、資本の累進課税といった左派的な内容も含まれており、ファシズムは単純な「極右」ではなく、左右の要素を混ぜ合わせて大衆を熱狂させた独特の政治運動でした。
特に印象的なのは、ムッソリーニがイタリア国民の熱狂をどう作り出したかという過程です。社会主義者として始まった彼が、第一次世界大戦への参戦支持を契機に独自の道を歩み、1922年の「ローマ進軍」で政権を奪取するまでの軌跡が辿られます。ヒトラーが1923年のミュンヘン一揆を起こし、後に成功するのは、まさにムッソリーニの先行例があったからです。本書はムッソリーニ独自の思想・行動・国民の熱狂の構造を詳細に追うことで、ファシズムとナチズムの相違点を浮かび上がらせます。著者は元厚生労働大臣・元東京都知事として政治の現場を経験した立場から、「現代社会の危うさ」もこの歴史の中に映し出します。本書にはさらに、ムッソリーニとヒトラーの個人的関係・第二次世界大戦中の同盟の実態・ムッソリーニの最期が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「独裁者の物語」を順序立てて読み直す視点が生まれた
読む前と後で、20世紀史への向き合い方が変わりました。以前はヒトラーが独裁政治の象徴で、他の独裁者は彼の影に隠れていた程度の理解でした。でも今は、「誰が先に何を発明し、誰がそれを学んで応用したか」という思想と権力の流れを追う視点を持てるようになりました。
具体的には、「ファシズム」という言葉を聞いたとき、「ナチズムと同じもの」ではなく「ムッソリーニが発明し、ヒトラーが応用した独特の運動」として捉えるようになりました。現代のポピュリズム・大衆扇動・カリスマ的指導者の出現を観察するとき、「ヒトラー型」だけでなく「ムッソリーニ型」の独裁モデルを参照軸として持つことができ、より精密な比較ができます。歴史の独裁者を「悪人の単純なカテゴリー」ではなく「それぞれ異なる手法と思想の系譜」として読む眼が、本書を通じて獲得できました。
元厚生労働大臣・元東京都知事・元東大政治学者がムッソリーニ研究を新書で展開した
舛添要一は東京大学法学部卒・東京大学助教授として政治学を専門に研究した政治学者で、後に厚生労働大臣・東京都知事を歴任した政治家です。フランス政治・欧州政治史を研究してきた学術背景と政治実務の経験を併せ持つ著者だからこそ、本書ではムッソリーニを単なる悪人としてではなく、政治的・思想的に分析する射程が成立しています。
この本を読まなければ、ムッソリーニを「ヒトラーの脇役」として遠ざけたまま、彼こそがファシズムを発明しヒトラーが師と仰いだ存在だったという事実と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。