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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

沖縄戦で何が起きたか、本土の日本人は何も知らなかった

沖縄戦は「日本の最後の激戦」として知っていた。それだけだった

学校で「沖縄戦」と習ったとき、教科書に書かれていたのは数行でした。地上戦があった、多くの人が亡くなった、「鉄の暴風」と呼ばれた——それ以上のことを誰も教えてくれなかったし、自分も問い直さなかった。沖縄はどこか遠い場所で起きた「歴史の出来事」として頭の中に保存されていました。でもその戦いが、住民の三分の一の命を奪ったという事実を、自分はどれほど真剣に受け止めていたのか。この本を読むまで、ほとんど何もわかっていなかったのだと気づきました。

15万6千人。それは住民のおよそ3人に1人だった

大田昌秀がこの本で語るのは、統計ではなく体験です。著者自身が鉄血勤皇隊として動員された少年であり、沖縄戦を生き延びた証人です。沖縄住民の死者総数は15万6千人——この数字は、単なる記録ではなく、学校の友人が、家族が、隣人が消えていった体験の積み重ねです。

日本軍の沖縄での戦い方は、「本土防衛のための時間稼ぎ」でした。沖縄の住民を守るためではなく、米軍を沖縄に引き付けておくために戦われた。日本軍による「集団自決」の強制、住民への食料没収、スパイ容疑での殺害——これらは侵略軍ではなく、「味方」の軍が行ったことでした。本書は1972年の本土復帰を前に書かれ、著者が問うのは「沖縄のこころ」とは何か、そして本土の日本人は沖縄を本当に知っているのかという問いです。その詳細は、ぜひ本書で確かめてみてください。

「戦争を知らない」ことの意味が変わった

この本を読んだ後、「自分は戦争を知らない世代だ」という言い方が以前とは違う意味に聞こえるようになりました。知らないのではなく、知ろうとしてこなかったのかもしれない。本土の人間が沖縄の戦争体験をどれほど真剣に受け止めてきたか——本書を読んでいると、その問いを避け続けてきた居心地の悪さを感じます。

現在も沖縄には日本の米軍基地の70%以上が集中しています。「沖縄に基地があるのは仕方ない」という考えと、「住民の三分の一が死んだ地上戦の記憶が今もある」という事実は、本来切り離して考えられないはずです。大田昌秀が後に沖縄県知事として基地問題に立ち向かった背景が、この本を読むと深く理解できます。歴史を「知った」というのは、そこで生きた人間の声が自分の中に届いたときのことではないかと、初めて感じました。

鉄血勤皇隊の生き残りが、県知事になった

大田昌秀(1925〜2017年)は沖縄県知事(1990〜1998年)を2期務めた政治家ですが、その前に琉球大学教授として30年以上沖縄の現代史研究を続けた研究者です。15歳のとき鉄血勤皇隊として沖縄戦に動員され、壕の中での生死の境を生き延びました。知事在任中、米兵による少女暴行事件(1995年)に際して「もう基地は引き受けられない」と県民大会の開催を主導したことで知られます。本書は復帰の年1972年の刊行で、著者が自身の体験と沖縄の歴史を渾然と語った証言の書です。

この本を読まなければ、沖縄戦を「遠い歴史の出来事」として一生やり過ごしていたはずです。住民の三分の一が死んだ島の記憶は、本土の日本人に何を問いかけているのか。その声に向き合う機会をこの本が与えてくれます。

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