家康のことは、もう十分知っているつもりだった
徳川家康については、なんとなく全部わかっているつもりでいました。律儀で忍耐強く、泣かぬなら鳴くまで待とうと構える老獪な天下人。妻と嫡男を悲劇的に失い、苦渋の決断の末に天下を取った苦労人。歴史小説や大河ドラマで何度も触れてきたぶん、自分の中の家康像はかなり固まっていたのです。けれどその「知っているつもり」を抱えたままだと、どこか落ち着かないものが残ります。あの逸話は本当にあったのか、その人物像はどこまで史実なのか。確かめないまま信じている知識ほど、足元がふわふわするものはありません。黒田基樹さんの『徳川家康の最新研究 伝説化された「天下人」の虚構をはぎ取る』は、その曖昧な土台を一度きれいに崩してくれました。
通説・反対説・最新研究を並べて、定説が更新されていく
この本が扱うのは、家康の生涯から選ばれた約十の重大局面です。今川家での人質時代、信長との同盟から従属への移り変わり、三方ヶ原の敗戦、本能寺の変の直後の動き、関ヶ原。それぞれの場面について、過去の通説、それに対する反対説、現在の議論、そして著者自身の見解が並べて示されていきます。中でも揺さぶられたのが、築山殿と嫡男信康の事件でした。長く語られてきた「信長の命令で泣く泣く妻子を処分した」という筋書きに対し、本書では当時の史料から、築山殿自身が武田方へ内通していた可能性や、家康がそれを以前から把握しながら不問にしていた経緯が丁寧に検討されています。徳姫の訴状がきっかけで事態が動いたという読み解きは、これまで信じていた悲劇の構図とはまるで違う色合いをしていました。本書には他の局面についても、同じように研究の最前線が紹介されています。続きはぜひ本書で確かめてみてください。
「知っている」と「確かめた」の違いに気づいた
この本を読んでから、歴史の話題への向き合い方が変わりました。以前なら大河ドラマを観て「史実と違う」と訳知り顔で言っていたのが、そもそも自分の言う史実は、別の小説やドラマが作った像にすぎないのかもしれない、と立ち止まるようになったのです。読者のあいだでも、ドラマが揶揄された場面が実は最新研究に依拠していた、という指摘がありました。自分の中の常識が、いつどこで仕入れた知識なのかを問い直す癖がついたことで、歴史だけでなく日々のニュースや人物評にも、一段慎重なまなざしを向けられるようになりました。家族との会話でも、有名な逸話を披露する前に、あれは本当にあった話なのだろうか、と一拍置くようになったのです。知っていることと、確かめたことは違う。その当たり前の差が、急にくっきりして見えたのです。歴史を学ぶことは、過去を暗記することではなく、自分が何を根拠に信じているかを点検する作業なのだと、改めて気づかされました。
知らなければ、作られた家康像を一生信じていた
この本に出会わなければ、私は小説とドラマが作り上げた「もう一人の家康」を、本物だと思い込んだまま生きていたはずです。著者の黒田基樹さんは駿河台大学教授で、博士(日本史学)。戦国大名や国衆の研究を長年積み重ねてきた歴史学者だからこそ、一次史料に立ち返って通説の継ぎ目を一つずつ点検することができるのだと感じます。自分が当然と思っている歴史像ほど、誰かの創作が混ざっているかもしれない。そう疑える視点を手渡してくれる一冊です。
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