「大国が世界を守っている」という安心感の中にいた
アメリカが世界のリーダーとして秩序を守り、国連が国際問題を調整し、強国同士が表立って衝突することはない——2010年代前半まで、私はそういった漠然とした安心感の中に生きていました。ニュースで流れる紛争地の映像は遠い場所の出来事であり、まさか「帝国主義」などという19世紀のような言葉が現代に再び意味を持つとは思っていなかったのです。でも世界のニュースを見ていると、どこかで「何かが変わった」という感覚が積み重なってきて、それを説明する言葉がありませんでした。池上彰著『知らないと恥をかく世界の大問題7 Gゼロ時代の新しい帝国主義』を読んで、その「何かが変わった」の正体がつかめました。
「Gゼロ」という状態が、世界を根本から変えていた
本書のキーワードは「Gゼロ」です。G7でもG20でもなく、誰もリーダーをしていない状態。アメリカが「世界の警察」の役割から降り、内向きに転換した隙間を狙うように、かつての大国・地域勢力が自国の利益拡大に動き始めた。これが本書の描く「新しい帝国主義」です。
具体的にいえば、イスラム国(IS)の台頭と拡大は単なるテロ組織の話ではなく、西洋列強による植民地支配の歴史的な報復として見立てることができると著者は指摘します。ロシアがウクライナに介入した背景には、スターリン時代から続く「緩衝地帯の必要性」という地政学的論理があります。中東でシリア・イラン・サウジアラビア・ロシア・アメリカが複雑な利害関係を展開しているのも、単純な善悪では読み解けない構造があります。ヨーロッパでは移民問題をめぐってEUの統合と解体という真逆の力が同時に働いています。本書にはこれら各地域のさらに詳細な分析と、それぞれがどう連鎖しているかについても書かれています。ぜひ本書で確かめてみてください。
世界地図を眺める目が、全く変わった
この本を読む前、国際ニュースは「遠くの国のもめ事」として眺めていました。どこかで戦争が起きても、どこかで選挙があっても、自分の日常とはつながらない話として消費していたのです。でも「Gゼロ」という視点を得てから、ニュースの見え方が変わりました。アメリカ大統領選挙の結果が世界各地の紛争リスクに影響し、それが日本のエネルギー政策にまで波及する——そのつながりが実感を持って理解できるようになりました。石油価格の変動も、中国の動向も、ヨーロッパの右傾化も、「なぜそうなっているのか」の文脈がつかめると、ニュースが情報ではなく「読み解くもの」に変わります。
池上彰が本書で繰り返し強調するのは、「Gゼロ」という秩序の空白が、必ずしも新たな覇権国の出現で埋まるわけではないという点です。中国が経済規模でアメリカに近づいても、軍事力や外交的な影響力ではまだ「世界のリーダー」にはなれていない。ロシアは軍事力で存在感を示しても、経済規模は小さい。EUは統合の試みが揺らいでいる。その「誰もリーダーをしていない世界」が、かつての冷戦時代よりもある意味では不安定であるという指摘は、現代の世界情勢を読み解く上で今も有効な見方です。日本に住む私たちがこの構造を知らないままでいることは、外交・安全保障・経済のあらゆる面で損失につながります。
現代を生きる教養として、これを知らずにいる損は大きい
元NHKキャスターとして28年間ニュースの現場に立ち、現在は東京工業大学特命教授として教壇に立つ池上彰は、複雑な国際情勢を平易に、しかし本質を外さずに伝える稀有なジャーナリストです。シリーズ7作目となる本書は、「Gゼロ」という概念を軸に現代世界の構造を整理した一冊で、知識がなくても読める設計になっています。読まないままでいると、世界の出来事が「なんとなくの混沌」として見えたまま終わります。