日記は、プライベートなものだとずっと信じていた
日記といえば、誰にも見せない個人の記録。今日あったこと、思ったこと、誰かへの不満を書き留める、あの「鍵のかかるノート」が日記だと思っていました。日本人が日記好きなのも、そういう内向きの文化だからだろうと。でも、この本を読んでその前提がひっくり返りました。
古代の日記は、国家が必要とした「公文書」だった
本書の著者・鈴木貞美は東京大学文学部仏文科卒業、国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学名誉教授です。日本の文化史・文芸史を専門とし、『「日本文学」の成立』など多数の著書で知られる研究者です。
本書が最初に明かすのは、日本の日記文化の起源が「個人の感情の記録」ではなかったという事実です。古代の宮廷では、儀式や政務の記録として日記が書かれていました。つまり日記は、最初から「公権力が必要とした文書」として出発したのです。平安時代の紀貫之が書いた『土佐日記』(934年頃成立)は、男性が女性のふりをして仮名で書いたという特異な形式で知られていますが、これは貴族の公的記録とは異なる「私的な文学表現」の試みでした。このように、日記の性格は時代ごとに大きく変容してきた歴史があります。
さらに本書は、江戸時代の「旅日記」についても豊富な事例をあげて論じています。江戸時代に整備された街道を旅した人々が残した記録は、単なる行程メモではなく、各地の名所や食事、天候、出会った人々についての観察が詰まった文化的な産物でした。その旅日記の習慣が、近代以降の「個人の内面を吐露する日記」の土台になっていった経緯が、本書では丁寧に論じられています。「書くこと」の意味がこれほど深く歴史と結びついていると知ると、自分が今ノートに書き留めている言葉の意味が、少しだけ厚みを持ちます。ぜひ本書で確かめてみてください。
日記を書く「当たり前」が、全部意味を持ち始めた
この本を読む前は、日記をつけることを「時代遅れの習慣」のように感じていました。読んだ後は、ふとノートを開くたびに「これは1000年以上続く文化の一部だ」という感覚が生まれました。自分が今書いている日記が、土佐日記や紫式部日記と同じ系譜の上にある——そう思うと、些細な日常の記録にも不思議な重みが宿ります。「個人の内面を言葉にする」という行為が、いつ、どのようにして当たり前になったかを知ることで、書く行為への向き合い方が変わりました。
本書では、明治以降の近代日本において「自己を記録すること」が教育制度と結びついていく過程も詳述されています。学校で作文や日記の宿題が課されるようになったのは、個人の内省を育てる教育的意図があったからです。その背景には、近代国家が「自律した個人」を必要としたという社会的な文脈があります。日記という私的な行為が、実は近代日本の国家形成と無縁ではなかったという視点は、この本を読まなければ一生気づかないものです。自分が何気なく行っていることが、どれほど歴史的・社会的な文脈の上に乗っているか——そのことを知るだけで、日常の見え方が変わります。
知らないままでいると、自分が何をしているかわからない
日記を書くことが「自然なこと」として定着したのは、近代以降のことだと本書は示します。それ以前の日記は、全く異なる目的と形式を持っていました。その変遷を知らずにいると、今自分がノートに向かっている行為の意味が半分しか見えません。日本人と日記の関係に、こんなに深い歴史があったとは——そう気づかせてくれる一冊です。