芸術は計画して積み上げるものだと思っていた
優れた作品を生む人は、明確なビジョンを持ち、一貫した道を計画的に歩んでいる。私はずっと、創造とはそういうものだと思い込んでいました。デザイナーから画家へ、何度も作風を変えてきた人を見ると、迷っている、定まっていない、と感じてしまう。けれどそう信じていると、自分のなかにある一貫しなさや、興味があちこちに飛ぶ性質を、欠点としてしか見られなくなります。腰を据えて一つを極められない自分に、どこか後ろめたさがつきまとうのです。横尾忠則さんの『横尾流現代美術 私の謎を解き明かす』を読んで、その後ろめたさが溶けていきました。創造とは計画の遂行ではなく、自分という謎を解き明かす行為だったのです。
デザイナーが突然「画家宣言」をした、その瞬間
本書は、横尾忠則による初めての芸術的自伝です。高校時代に絵に目覚め、デザイナーとしてポップアートの衝撃を受け、そして現在へと至る道のりが、本人の言葉で語られます。なかでも鮮烈なのは、グラフィックデザイナーとして世界的な評価を得ていた最中に、突如として「画家宣言」をして絵画へ転身した場面です。順調に積み上げたキャリアを自ら断ち切るような選択は、外から見れば理解しがたいものでした。けれど本書を読むと、それが迷走ではなく、自分という謎に正直であろうとした必然の脱線だったことが見えてきます。「滝」から「暗夜光路」へと続く制作の旅、影響を受けた好きなアーティストたちへの率直な言及、そして巻末には「横尾忠則への103の質問」という風変わりな自問自答までもが収められています。なぜ自分はこの色を選ぶのか、なぜこのモチーフに惹かれるのか。問いを立てては作品で答えていくその往復のなかに、横尾さんの創造の正体が少しずつ立ち現れてきます。一人の表現者が自分の創造力の源泉をどう掘り当てていったか、その過程が本書には惜しみなく開かれているのです。
興味が飛ぶことを、欠点と呼ばなくなった
この本を読む前の私は、一つのことに集中できない自分を責めていました。仕事の合間に全く別の分野の本に手を伸ばしてしまう、決めたはずの計画から逸れてしまう。そのたびに自己嫌悪に陥っていたのです。けれど「謎を解き明かすために脱線する」という横尾さんの姿勢を知ってから、興味が飛ぶことを創造の入り口として受け止められるようになりました。寄り道した先で得たものが、後になって思いがけず本筋とつながる。そういう経験を、無駄ではなく財産として数えられるようになったのです。一貫していないことへの後ろめたさが消え、自分の好奇心の動きを信じてみようと思えるようになりました。気になったものに素直に手を伸ばすことが、少しずつ怖くなくなっていったのです。
知らなければ、自分の脱線を欠点のまま終わらせていた
この本に出会わなければ、私は自分のとりとめのなさを最後まで欠点として持て余していたはずです。著者の横尾忠則さんは、グラフィックデザイナーとして世界的な評価を確立した後に画家へ転身し、半世紀以上にわたって第一線で創造を続けてきた、日本を代表する美術家です。自らの転身と試行錯誤を肯定し続けてきた表現者だからこそ、創造を計画ではなく謎解きとして語る言葉に重みがあります。自分の一貫しなさをどこかで責めている人ほど、読む価値のある一冊だと感じました。