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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

詩は感性で味わうもの——その思い込みが、ボードレールを遠ざけていた

詩は理屈ではなく感性で読むものだと思っていた

詩というのは、理屈を抜きにして心で感じればいいもの。難しい背景など知らなくても、言葉の響きを味わえばそれでいい——長いあいだ、そう思っていました。だからボードレールやランボーの名前を聞いても、なんとなく難解で近寄りがたく、自分の感性が足りないせいで響かないのだと諦めていた。けれどその姿勢のままだと、なぜ彼らがこれほど後世に影響を与えたのか、その理由がいつまでも靄の向こうにあるようで、どこか落ち着きませんでした。名前だけは知っているのに中身に踏み込めない。そのもどかしさを、感性が足りないのだからと言い聞かせてやり過ごしてきたのです。ドミニック・ランセ著、阿部良雄ほか訳『十九世紀フランス詩』を読んで、その思い込みが解けました。

詩には、はっきりとした「流れ」と「革命」があった

本書が描くのは、十九世紀フランス詩が感性の気まぐれではなく、明確な変化の連なりとして展開したという事実です。ロマン主義に始まり、形式の完成を求めた高踏派を経て、ボードレールを起点とする象徴主義へと詩は移っていきます。とりわけ核心にあるのがボードレールの「万物照応」という考え方です。自然はひとつの神殿であり、香りと色と響きが互いにこたえ合う——この共感覚の詩法が、近代詩の方向を決定づけました。さらにランボーは「詩人はあらゆる感覚の意図的な錯乱を通して見者になる」と宣言し、詩の役割そのものを塗り替えていきます。一行の詩の背後に、こうした思想の交代劇があったのです。それまで詩は美しい風景や感情をうたうものでしたが、ボードレールは詩を、目に見えない照応を読み解く知の営みへと変えてしまった。難解さと感じていたものの正体は、実はこの詩観の大転換だったのです。本書ではマラルメやヴェルレーヌも含め、その系譜がさらに細やかにたどられます。その先は、ぜひ本書で確かめてみてください。

一篇の詩の奥行きが、見えるようになった

この流れを知ってから、詩との向き合い方が変わりました。以前はボードレールの一行を前にして、ただ「きれいだけれどよくわからない」と立ち止まるだけでした。けれど今は、その言葉が万物照応という考えのうえに立っていると知っているので、香りと色が呼び合う仕掛けに気づける。感性が足りないと諦めていた場所に、実は読み解く手がかりがあったのだと分かったのです。難解さに見えていたものが、詩人たちの挑戦の跡として立ち上がってくる。書店で詩集を手に取ったとき、以前ならすぐ棚に戻していた一篇を、今はどの流れに連なる試みなのかと考えながら読むようになりました。一篇の詩が、急に奥行きを持って迫ってきたのです。

知らないままなら、ただ難しいで終わっていた

この本を読まなければ、フランス詩はこれからも自分の感性では届かない遠い世界のままで、書棚の前を素通りし続けていたはずです。著者のドミニック・ランセはボードレール研究でも知られるフランス文学者で、訳者の阿部良雄はボードレール全集の翻訳でも名高い研究者です。だからこそ、文庫クセジュという短い一冊でありながら、百年にわたる詩の変遷を確かな筋道で手渡してくれます。あなたが難しいと遠ざけてきたあの詩人の一行にも、知れば見えてくる仕掛けが隠れているかもしれません。

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十九世紀フランス詩 (文庫クセジュ) ドミニック・ランセ, 阿部良雄 / 文庫クセジュ

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