明治維新で、日本人は一夜にして近代人になった——そう思っていました
明治維新と聞くと、髷を落とし、洋服を着て、鉄道に乗る——そんな鮮やかな転換のイメージが浮かびます。教科書で習った「文明開化」という言葉の響きもあって、私はずっと、ある日を境に日本人がすっぱりと近代人へ生まれ変わったのだと思い込んでいました。けれど、その理解のままだと、明治という時代がどこかのっぺりとして、人の顔が見えてきません。実際に生きた人々が何を感じ、何に戸惑ったのかが、すっぽり抜け落ちている。その違和感を埋めてくれたのが、後藤寿一氏監修『図説 地図とあらすじでわかる!明治と日本人』でした。
「ザンギリ頭を叩いてみれば」の裏にあった、戸惑う庶民たち
「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」という言葉は有名です。けれど本書を開くと、その明るい標語の裏側が見えてきます。明治四年に出された散髪脱刀令は、髷を切ることを許す布告であって、強制ではありませんでした。それでも一気に断髪が広がったかというと、地方ではなお髷を結い続ける人が少なくなかった。洋服も、軍人や役人、上流階級から先に広まり、庶民の多くは長らく着物のままだったといいます。鉄道やガス灯、郵便制度、学制、銀行制度といった近代の象徴が華やかに語られる一方で、地方の村では昭和に入る頃まで菜種油の行灯で夜を過ごし、電信や郵便の恩恵はなかなか届かなかった。文明開化は、全国一律に降ってきた雨ではなく、都市から地方へとゆっくり染み込んでいく水だったわけです。本書は、こうした暮らしの変化を地図と図版とともに描き、廃藩置県や殖産興業、富国強兵といった大きな政策の転換が、名もなき人々の日々の生活にどう波及していったのかを丁寧に拾い上げています。新政府が掲げた標語の勢いと、それを受け止めた庶民の戸惑いとのあいだにあった温度差。教科書では一行で片づけられてしまうその隙間にこそ、本書はじっくりと光を当てているのです。各章では明治を動かした人物たちの足跡も地図とともに辿られ、歴史の流れと土地のつながりが一目で見渡せるよう工夫されています。
「変化」を点ではなく、にじむ濃淡として見られるようになった
この本を読む前、私にとって明治は年表の上の出来事でした。何年に何が起きた、という点の連なりにすぎなかった。けれど読み終えてから、街を歩いていて古い洋館と木造家屋が隣り合っているのを見ると、見え方が変わりました。あの時代、新しいものと古いものは対立していたのではなく、長いあいだ同じ町で肩を並べて共存していたのだと腑に落ちる。観光地で「明治○年創業」という看板を見かけても、以前なら素通りしていたのが、その店が立った頃の周囲の暮らしぶりまで想像が及ぶようになりました。祖父母の世代が語っていた暮らしの話も、急に立体的に聞こえてきます。歴史を「いつ変わったか」ではなく「どう染みていったか」という濃淡で眺められるようになると、過去がぐっと身近な手触りを持ち始めるのです。
標語の明るさだけを覚えていたら、もったいなかった
もし本書に出会わなければ、私は「文明開化=一斉の近代化」という単純な図式を抱えたままだったと思います。明治を生きた人々の、新しさへの高揚と古さへの未練が同居する複雑さには、たどり着けなかった。地図とあらすじという切り口で歴史の流れを見渡せる本シリーズは、専門書を読み込む前の確かな足場になります。図版を眺めながら、あの時代の空気をもう一度たどってみてください。